犬の知覚には驚かされる。空(くう)は出かけようとすると、いつも狂ったように吠えるのだけど、出かけようかな、と頭で考えただけで、すでにソワソワしはじめる。こっそり出かけようと、別室でジーンズに財布を入れただけでも、扉の向こうから吠えはじめる。準備する前の、いつもとは違う状態を見抜かれているので、財布の革がジーンズに擦れる微かな音にも反応できる。本人も気づいていないような、表面からは知りにくい微妙な心の動きを、獣は感じとっている。言い換えると、見えないものを見ている。
ほとんどの人が見えていないものを見ている人は、気苦労が多いだろうと思う。誤解されたり、変わった人ねと疎外されることもあるだろう。でもそれがその人の心を強くする。彼の見ているものが自己中心的でさえなければ、それは彼にとってかけがえのない真実であり、ありのままでも美しいこの世界。