blog
2026/10/03
kyrie (キリエ)
2025/10/23
霊言
2025/04/07
空の生き方
その日は朝から一人で桜を見に行った。満開だったが、ときおり吹くつめたい風に桜の花びらが散りはじめていた。
一枚だけ蜘蛛の糸に引っかかって空中に浮いていた花びらが妙に気になった。その花びらだけは重力に逆らっていて、けして落ちない。まるでそこだけ時間が止まったように、宙に浮かんだ異次元のように見えた。
昼前には帰宅、空は白目がちで寝ていることがよくあるので、最近はいつも息をしているかどうか確認していた。
その日は横に倒れているのではなく、犬らしく丸くなっていて、目もはっきりと開いて遠い目をしていた。
水は飲んでくれなかったが、呼吸はしているし顔が明るい。(今日は調子が良い日だな)と安心して洗濯場にこもって植物の植え替え作業をしていた。
2時間後ぐらいだったと思う、空のお腹が動いていなかったのに気づいた。生き生きと目を見開いていて、今にも動きそうで、まるでその空間だけ時間が止まったように思えた。すぐには信じられなかった。生きているように死んでいた。
急に空が暗くなって、湿った風が吹いてきたと思ったら、雨が降りはじめた。その雨は夜中まで続いた。
…
空は去年の夏に衰弱して、かなり危なくて覚悟していたが奇跡的に復活した。それからはオムツが欠かせなくなり、足腰も急に弱った。顔が変わらないし保護犬なので正確な年はわからないけど、寿命を超えて生きてくれているような気がしていた。
散歩ができるのは今日が最後かもしれない、そういう愛おしい日々を重ねて厳しい冬を越えた。
3月中頃から身体が思うように動かなくてもどかしそうにしていた。食事も散歩もままならないんだけど、それでも矜持があって心配かけるのが嫌なのか、自力で立ち上がろうとする。犬はこういうところが美しいと思う。
4月に入ってから、自力で歩けないので歩行器を作った。寄せ集めのブリコラージュだけど、2、3回は頑張って使ってくれた。この頃には食事や水も無理やり流しこんでいた。今思うと、相当無理をさせていたんだと思う。でも寝たきりより、少しでも筋肉を動かしたり、外に出て気分転換をさせたかった。外に出ると虚ろだった目が生気を帯びることがあったから。
この頃には夜鳴きがはじまっていた。どこか痛いとか苦しいというよりも、抑えきれずに鳴り響く魂の叫びのように、ただ悲しそうで、せつなかった。まるで狼の遠吠えのようだなと思った。そして疲れ切っているのではないだろうかと感じた。
もう充分に頑張ってくれたから楽になってほしい、でも一日でも長く生きてほしいという、相反する感情に胸を掴まれていた。こういうことは看取ったことがある人はよくわかるんじゃないかと思う。それはもう人と動物という関係ではなく、純粋な生命の交流であり、言葉を離れた世界での魂との対話、それは芸術の領域にほど近い。
空が亡くなった夜に平気な顔で絵を描いてる自分が怖かった。でも空は死を待っているような生き方ではなく、死を恐れずに前を向いて生命を燃やし尽くした。そうでなければ、しばらく気がつかないような生き生きとした元気な顔をしない。彼は最後の力を振り絞って、時間を止めた。
2024/07/22
the end of the world
2024年7月19日、陽射しに強いエネルギーを感じたので映色実験をはじめた。水晶や無意識の海、双龍、butterfly effect、一通り試してみたが、他の全ての作品はうまく映色してくれないのに、この世の果てだけは息を飲むような虹色が出てくる。なにかあるなと感じて実験を重ねていた。
そして7月21日、この世の果てから凄まじいエネルギーが流れてきた。あきらかに今までとは違う。
2024年7月21日は山羊座の満月。かつてアメリカ先住民は、雄鹿の象徴である角が生え変わる時期にちなんで「バックムーン(牡鹿月)」と呼んでいたらしい。
「生まれ変わり」「復活のパワー」が秘められているという。
まったく知らなかったが、そう教えてもらった。いつもそうだが、後から教えてもらってハッとする。
自分は1月生まれの山羊座、そしてまさに今、画集の出版と展示を控えていて、家には白い角を持つ雄鹿(牡鹿)の絵で溢れている。
展示は自分にとっては個展というより儀式のようなもので、山から生まれた精霊を海に帰すセレモニーの意味がある(だから海に近いギャラリーを選んだ)。本の編集に時間がかかっていたのと、猛暑というのを考慮して9月にずらしたけど、最初はちょうど今くらいの時期に展示したいなと思っていた。
そしてこの精霊の森シリーズの最期に現れたイマージュが、この世の果て、the end of the world。これはまったく想定していなかった展開なので、自分でも不思議だった。洞窟に眠る白い狼が、夢の中から白い光の玉を送ってきた。夜空に浮かぶ星のような球体、それは同時に、川面に煌めく太陽の光だった。昼と夜は時間(人間)という糸で繋がっている。
山から海を繋ぐ、川。その川面に映る太陽の光。すべてが点と線で繋がって、精霊は輪廻していく。
個人的には、今年と来年は節目の年という予感がある。それが個人的なものなのか、世界全体のことなのか、自分ではわからない。ただ言えるのは、バックムーン(牡鹿月)から送られてきたこの精霊の光には、復活のパワーが秘められている。
2024/05/19
この世の果て
川面に揺れる光の粒を見ていると、まるで自分を内側から眺めているような気持ちになる。
同時に内側から宇宙全体に意識が広がっていくような、不思議な気持ちにもなる。まるで降りてくると同時に浮上する精神の光。その小さな輝きの一瞬は、やがて大きな渦を描き、見えない世界から聖霊を呼び起こす。この光が見える場所を「この世の果て」と呼んでいる。
この世の果ては特定の場所を持たない。あえて言うとしたら自分の内奥。だから外側に探しても見つからない。自分探しをして旅に出ても、見つからないように。
でも見えない世界にピントを合わせていると、やがて向こうからそれは現れる。目を閉じて近づくように心を開いて、内から外を見上げるときはじめて、見えていなかった世界が見えてくる。



















