(困ったなあ、構えると、逃げるくせに)。そう思ったが、言うとおりにすることにした。さっきまでの大雨が嘘のように止んでいたが、すでに奧の空から宵闇が迫り始め、山々はもう、眠る準備を始めていた。
せっかくなので、入り口のお不動さんを綺麗にしてから、撮らせてもらった。この少し先に森の入り口がある。
森は睨みつけるような迫力で、ときおり日本刀のような銀色を撥ね、「来るなら切るぞ」と鞘に手をかけているように見えた。森に入る手前で、一枚だけ写真を撮らせてもらったが、受け入れられているような気はしなかった。なぜ呼びつけておきながら、はねっかえすような態度を取るのだろうかと、引き裂かれるような思いを抱えながら、滑らないように注意して石段を上がろうと足をかけたとき、左の視野の奥の方に、いつもとは違う色を感じた。それは遠目にもよくわかる赤い色だった。森が血を流していた。怪我をした。だから呼ばれたのだ。そう思った。僕はいったん森を出て、その傷口を確かめに行った。
アマリリスだった。ああ、そういうことか、と納得した。結局、森には入らなかった。
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