2012/12/21

熊野へ


地虫が鳴き始めていた。耳をそばだてるとかすかに聞こえる程だった。耳鳴りのようにも思えた。これから夜を通して、地虫は鳴きつづける。彼は、夜の、冷えた土のにおいを想った。

中上健次『岬』より




和歌山に渡る前夜のジョギングで、川岸を歩く二匹のタヌキを見た。一匹目はあまりこちらを気にしない様子で、じっくりと観察できたが、二匹目はあわてて向こう岸に渡ろうとして、流れが速い場所で足を取られて流されてしまった。ジタバタ泳いでなんとかこちら岸に辿り着いたあと、逃げてしまった。




龍神村を経由して、国道311(熊野街道)をひたすら東へ。ときおり神話を連想させる地名。熊野川に沿って熊野灘へ。土砂崩れが痛々しい。熊野速玉神社で参拝してから、那智の宿へ。明日は那智山原始林と、瀧へ。




早朝から那智飛龍神社、熊野那智大社、那智山原生林、黒潮に呼応する那智大瀧。飛び交う八咫烏が、幽深な森に影を落とした。 熊野古道を途中で引き返し、陰陽の瀧を目指すも、台風12号の被害で遊歩道が崩落、曼荼羅の郷河川公園も根崩れ。水害の傷跡が目に染みる。土砂崩れが連続する熊野川沿いを通って、熊野本宮大社。時計の針を戻すように、R311を西へ。




タヌキの川流れ。珍しいものを見たので、なにかあるのかなと思っていた。水害の傷跡は、最初はショックだったけど、帰り道は那智の魔法にかかっていたので、すっかり水がひいた熊野川の遠景が、龍の轍(わだち)に見えた。痛々しい風景のなかに、どこか懐かしい、物語のはじまりを抱いた。


                             ★

 


陰陽瀧の入り口。土砂だらけの荒野で、たったひとつ、咲き誇る寒椿があった。よほど根が深いのだろうと思う。


 

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