以前から、自分という器、人間という躯が、川を流れる笹舟のようなもので、ほんとうは生きていることにはなんの意味もなく、ただ流れて、大海に消えていくだけの、儚い存在でしかないという刹那を感じていた。しかし現状という有様を憂いたり、表現の問題を考えたり、日本という歴史を紐解いたり、人間という起源を自分なりに辿っていくうちに、その笹舟の上に、なにかとても大切なものを乗せているのではないかという感慨(予感のようなもの)を、いやおうなく、持つようになってきた。
笹で編んだ舟だから、もろい。あらゆる天災によって、あっというまに解(ほど)けて、川底に沈んでしまう。しかしなんとか運んだその地点からは、別の笹舟が、かわりに背負ってくれる。なぜなら、そんなふうに、自分自身も別の笹舟から受け継いできたという記憶(遺伝かもしれない)があるから。しかしなにを運んでいるのかは、最後までわからない。運ぶことに意味があって、笹舟そのものには、なんの意味もない。生きることも、死ぬことも、一切無意味。無意味だからこそ「なぜ川を流れているのですか?その流れはどこに辿り着くのですか?そもそも笹でできた私という舟を編んだのは、どなたですか?」という様々な疑問が沸いてくる。
その疑問には、すでに答えが含まれている。「あなたは運ぶために存在する。それは細い糸を紡ぐということで、笹で舟を編むことでもあります」。わかったようなわからないような答えが、竹藪から聞こえてくる。竹藪は暗くて怖い。人間よりも怖い。竹藪はときどき自然と呼ばれ、優しいとか、癒されるとかいう都合の良い概念を植え付けられる。しかし竹藪はどんな存在にも支配されることはない。そもそも竹藪は私たちの源泉であり、大いなる記憶だから。そして竹藪そのものは、声を持たない。竹藪の中から聞こえる笹の声は、風の音である。この風こそは、神通。神が通る道。
その道で蛾(が=我)は異(こと=事)に出逢い、その道中で、私心(わたくしごころ)ができあがり、さらに竹藪に潜ろうとする志士たちは、私心を捨て、異(事)を斬り、火に身を投げて、自分を殺す。自分の頭で考えずに、既得権益にすがりついている人たちには、蛾(我)にも蝶にもなれない。芋虫のまま、繭(まゆ)のまま、その背中に羽根がついていることも知らずに、この世に震えている。笹舟になにも乗せていない虚しさから逃れられないまま、あわゆるものが影であることに気づかずに、小さな世界で、死に脅え、無名の志士たちの足音を暗い部屋で聞いている。
笹舟に乗っている大切なものを意識すると、大海に散るだけの、永遠に続こうとする哀しみが、勇気や躍動に反転する瞬間が訪れることがある。その瞬間は「大海を飲み込む一滴の水滴」という言葉の持つイメージに近い。私たちの祖先、突然今生を去った愛すべき人たち、生まれてすぐ消える新しい命、祖国のために、桜の花びらのように散っていった私たちの同胞、今もなお、誰にも看取られずに土の下で眠る英霊たちは、今生を去るその瞬間に、紛れもなく、意識を拡大して、大海を飲み込む一滴の水滴となって、私たちの川となり、同時に矛盾なく、竹藪に戻り、笹となって、私たちそのものを形成している。そしてときどき私たちは、風を呼び、その声を聞こうとする。
★
私たちが見ている(脳が選んでいる)限定された世界とは、別の視点から物を見て、現実を整合すると、あきらかに別の秩序でできた世界(断片)が現れる瞬間がある。その秩序の中では「大海を飲み込む一滴の水滴」のような意識の拡大が常となる。そしてその常の秩序を導き出すひとつの手がかりとして、アインシュタインが撤回した宇宙定数(Λ)が、今生に蘇生したのではないのだろうか。
すでに進行しているパラダイムシフト、その意識改革と、福島の問題と、極私的な表現の問題。相容れないはずのそれぞれの問題が、最近僕の中で、ぴったりと寄り添うように、川の流れとして融合して、ゆるやかに同時進行しはじめている。
2011/11/16
2011/10/31
霧剣
今日の剣山には驚かされた。雨の屋久島に負けない迫力があった。
アンドリュー・ワイエスのような風景が、無限に向かって広がっていた。
なにも探していないときに、描くべき対象が向こうからやってくる。
こんなに嬉しいことはない。
2011/10/22
美(beauty)
大きな壁が二つある。どちらも自分(人間)が生んだ壁らしい。ひとつめの壁は人間が生まれた(火を使った)と同時にできたらしく、とても老朽化しているが強固で、どす黒く、広大で果てがなく、死なない限り、壁の向こうを見ることはできない。その壁の表面は魑魅魍魎が隠れているような、この世のものとは思えないおどろおどろしさに覆われていて、近寄るのもままならず、崖から飛び降りるような恐怖がある。しかし私たちはそこに吸い寄せられてしまう。崖を覗いてみたくなる衝動には逆らえない。その衝動を信じて、ゆっくりと歩み寄り、目を凝らして壁をよく見ると、恐ろしかったその表面が、まるで惑星の表面のように変貌する瞬間があり、この世のものとは思えない美しさにたじろいでしまう。そしてもしかしたら、たった今、自分が見ているこの壁は、この地球の表面、私たちの足元そのものではないかという勘ぐりも、心のどこかから沸いてくる。やがて鑑賞者である自分の立場が反転してしまうような目眩が訪れる。壁のしみが、自身の立っている地面のような気がしてくる。見ていたはずなのに、気がつくと見られていたような、鏡の迷路に迷い込んだような錯覚に捕らわれ、見るものと見られるものの立場の逆転に自意識が翻弄されたその隙間に、自分という当たり前だった存在が、ふと消えてしまう瞬間が訪れる。この矛盾を日常の世界にまで大切に持ち帰って、静かに受けいれた後には、世界の見え方が少し変わっている。
もしかしたら芸術とは、この壁を人々に見えるような形、即ち、美(beauty)に変換する仕事なのかもしれない。写真も絵画も音楽も舞台も映像も、芸術と呼ばれているすべての仕事の大義とは、みなここに通じているのではないだろうか。そしてこの壁の存在を知る人は少ないし、この壁を登ろうとする人は、もっと少ない。それだけに、やりがいもある。
もしかしたら芸術とは、この壁を人々に見えるような形、即ち、美(beauty)に変換する仕事なのかもしれない。写真も絵画も音楽も舞台も映像も、芸術と呼ばれているすべての仕事の大義とは、みなここに通じているのではないだろうか。そしてこの壁の存在を知る人は少ないし、この壁を登ろうとする人は、もっと少ない。それだけに、やりがいもある。
もうひとつの壁は、前述した壁を見たことがある、またはその存在を知っている人の前にだけ立ちはだかる、「壁に気づかない人たちが大勢いる、という壁」。換言すれば「はだかの王様による、はだかの王国の城壁」。そして矛盾するようだけど、壁を見た人も、はだかの民の一員であり、その中に含まれている。はだかの民は常に前進している。一歩一歩進化していると、思いこんでいる。そしてその道は永遠に続いていて、果てがないとも思っている。しかし本当はひとつの丸い「球」の上を歩いているだけで、いずれは同じ場所に戻ってくる。しかし少しばかり景色が変わっているので、そこが「もといた同じ場所」とは気づかないし、ましてや球の上を歩いているとは想像もつかない。そしてその行進(更新)を繰り返し、その道程のことを、時間と呼んだり、永遠と呼んだりする。
美(beauty)はときに多くの民と波長が合い、受けいられるが、はだかの王様によって利用され、形を歪められることも多くある。しかしそれでも、誰からも見向きもされないような場所から美(beauty)は生まれ続け、歪みを加えられなかったささやかな本物だけが、受け継がれて育っていく。
★
話は変わるが、以前、立岩神社の天の岩戸に登ったときのことである。天の岩戸とは、日本の神話に登場する、岩でできた洞窟で、太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)が隠れ、世界が真っ暗になってしまったという伝説の舞台のことだ。入り口の説明文を読み、天の岩戸に辿り着き、巨石の裂け目を見たが、なぜだか物足りないものがあった。そしてなんとなく神社のはずれの道があったので、進んでみた。誰も通らないような、荒れた獣道だったが、かまわず進んだ。すると山頂付近で奇妙な場所に出た。そこはまるでダイダラボッチ(昔話に出てくる巨人)が腰を下ろしたかのように、木々が重なって倒れていた。周りの木々は何事もなかったかのように青々としていて、その空間だけ、不自然にぽっかりと穴が空いて、太陽の陽射しが大地に届いているのである。僕はこの場所に「ただならない」ものを感じた。その正体は今もよくわからないままだけど、なにかわれわれが感知できないものの傷痕をこっそりと見せられたような気がして、天照大神の正体を見たような、徳を得たような気持ちを獲得することができた。
このような啓示とも思える出逢いは、わかりやすく、さあ、こちらですよ、と矢印で示されているような道を歩いていても、訪れてはくれない。事実、天の岩戸を確認する作業だけで満足してしまっていたら、この場所にはたどり着けなかった。ちょっとした違和感を感じて、その違和感を埋めたいというどこからともなく沸いてきた力が、啓示を誘った。そんなふうに、恩寵に至る過程には、必ずといっていいほど、踏み絵とも言えるような隠し階段がしかけてある。その階段の先で、出逢える。だがそこにまで足を踏み出す人はごく少ない。大多数は違和感を感じても、なかったことにして本当の自分を置き去りにする。そしてなにごともなかったように群衆の行列に戻る。大多数の行列に紛れて生きる方が、自分で考えないでいいし、楽だし、甘い汁も受け取れるから。でもそれではたして、本当に「生きている」って言えるのだろうか?
自分の存在すら揺るがしてしまうような未知との遭遇は、ただならない壁と、ままならない城壁を超えようとする過程の中にある。大げさかもしれないけど、その壁の先にあるものは(またはその壁の構造が)、もしかしたら、宇宙の構造そのものなのかもしれない。充分に可能性はあると、僕は思う。まずはその壁の存在に気づくことから始めないといけないのだとしたら、その気づきは、路傍の石や、アスファルトの隙間から生える雑草や、枯れて腐りかけた野草や、うち捨てられた流木。そしてドブ河や風化した空き缶、見捨てられた廃墟や山奥に捨てられた産業廃棄物、こっそり過疎地に建てられた原子力発電所、誰かが後から価値をつけたようなものまで冷静に、動物の腐敗を見届けるような研究者の心をもって等価値を注ぎ込み「世界を色眼鏡を外してきちんと見る」という眼差しの鍛錬の連続から、化学反応のように生まれてくるのではないだろうか。
簡単に手に入る世界中の流行り物を拾い集めて、大多数の共感の家を建てたところで、結局は手に入れた瞬間の快感の副作用で、ただただ虚しさだけが残るばかり。深いところで自分を慰めてくれる存在には、いつまでも出逢えない。それならば余計な物は極力捨てて、躯ひとつで「人間」を解き明かす旅に出る方がずっといい。結局のところ私たちは、木の葉ひとつが風に吹かれて落ちる流線の不思議や、雨音の不可解なリズム、秋虫の織りなす羽根の音の重奏の深淵の中に、最後はやがて戻っていくのだから。
2011/10/14
涅槃(ニルヴァーナ)
今年の3月にアトリエを神山に移したとき、冬に向かっての大きな楽しみが二つあった。ひとつはこの近くの瀧で冬の間だけ見られるという氷爆。もうひとつは、この薪ストーブだった。すでにお風呂用に薪ボイラーがあるけど、家の外なのであまりゆっくりと落ち着いて炎は見られない。その点薪ストーブは部屋の中でくつろいで炎を見ることができる。そして部屋がとてつもなく暖まる。さらにお湯も沸かせるし、芋も焼けるし鍋もできる。薪を取りに森に入るのも楽しい。一石五鳥、六鳥である。こんなに鳥にぶつかる大きな石は奇跡というほかない。炎とは、人間が人間になるために唯一(私たちが認識できない領域から)許可された恩寵のような気がする。許されていない力を振り回した放漫と無責任が、心の豊かさを蝕み、これから長く人間を苦しめようとしている今だからこそ、そのことに気づくことができたのかもしれない。
昔から炎を見るのが好きだった。小学生のころ、放課後に用務員さんがゴミを燃やす背中を見て、とてもうらやましかった。近づくと怒られたので、大人ってずるいと思った。だからがんばって大人になった。
炎には形がない。瞬きひとつしたその後には、まるで違う姿をして、実体が掴めないくせに、強烈な存在感と気迫があり、それは生命力そのもののようであり、明王の本性を見ているような畏怖に包まれる。そして熱い。近づくのもままならず、触れると激烈な苦痛とともに傷を負い、命を奪うこともある危険がある。しかし、だからこそ禁じられた遊びを嗜んでいるような甘い蜜、トキメキがある。さらに物質がエネルギーに転化する様としては、色即是空を目の当たりにしているような趣があり、一瞬にして瞑想状態にもなれる。
炎は怒りや煩悩の象徴として例えられることも多いけど、その猛々しさの奧には、永遠と見まがうような深い安らぎの境地、涅槃(ニルヴァーナ)が潜んでいるように思える。真実(仏性)は煩悩の炎が消えたときに現れる。などどカテゴライズされた宗教は悟ったように言うけども、僕には炎そのものが仏性に見えたり、また、同化したり、鏡を見ているような気持ちにもなれる。涅槃とは、煩悩の炎が消えた清らかな場所ではなく、混沌としていて、形もなく、常に変化し続けて、熱く、近寄れないような場所にあるのだと思う。それはすでに、生きていることと死んでいることの区別すら無化してしまうような領域のことを指し、煩悩そのものを受け入れて見つめ直すという意味においては、炎とは、清らかな静寂の裏返し、反動、反逆の化身なのだと思う。そうでなければ、これほど猛々しい炎の躍動に、心が深い安らぎと静寂を獲得する理由が見つからない。
2011/09/18
雨剣
豪雨の剣山、頂上付近は、立っているのがやっとの暴風雨だった。誰一人登山者ともすれ違わなかった。そして刀掛の松の周辺、風雨に揺れる一本の松の木を見ていたら、自分がどこかに消えてしまったように思えた。wild side(極私的であり、幅広い意味での、荒野)に入ったとき、ときどきこういう瞬間が訪れて、それを自分では啓示と受け止めていたのだけど、今回はいつもとは違い、なにか手がかりのようなものを感じていたので、下山したあと、つい先ほどの体験を追いながら考えていた。そしてぼんやりとだが、答えが出た。「自分が消える」とは即ち「ひとつの概念が消えた」せいではないだろうかと。四次元時空にいる人間は、三次元しか知覚できない(蟻が人間を把握できないように)。だから把握しやすいひとつの概念の物差しを当てて座標を作り、ここにいる場所を点として、世界(時空)を「私たちにとって、都合のいいように」把握しようとする態度を取っているのではないか。
だとすると、私たちは運命として逃れられない色眼鏡をかけていることになる。しかし、おそらく世界とは、普段、スクリーンに投影された映像を見て、それを現実だと思いこんでいるだけの幻影であり、私たちが認識しているものとは、もっと別の形をしているのだろうと思う。世界を本当に知りたければ、スクリーンの上を調べても、けっしてなにも得られないのだ。投影されたものではなく、その光源を調べるしかない。その光源とは、どこにあるのか。それは自分の中にあるのだろうと僕は思う。概念とは、我々の意識が創り出した物差しなのだから。
世界は私たちにとって都合のいいようには、存在していない。
2011/09/12
ロスコの部屋
ロンドンのテイトモダンで見た、マーク・ロスコの作品が忘れられない。お目当ては彼ではなかった。もちろん彼の名前は知っていたのだけど、美術の教科書で見た、その壁の染みのような暗い作品にはまったく興味が持てなかった。しかし僕は翌日も、また次の日も、テイトモダンに吸い寄せられ、ロスコルームと呼ばれる、彼の作品だけを飾った部屋の中心にいた。
人と同様、作品にも出逢い方と言うものがある。そのとき僕は初めての海外での滞在ということもあり、情熱よりも不安の方が大きかった。知りあいもいない。英語もカタコトだし、財布の中身も心許ない。滞在中、僕はほとんどの時間をギャラリーや美術館を見て回ることに使った。絵画なら、わかるという自負があった。共通の言語を求めることによって、少しでも不安を埋めようとしていたのだ。結果、自分を試すつもりが、誤魔化してばかりいた。滞在中、いけない土地に迷ってしまい、キッズたちに襲われて、命がけで逃げ出したこともあった。誰も助けてはくれなかった。トイレで破れた上着を捨て、汚れた服を洗った。その日もロスコの部屋に飛び込んだ。するとなにもかも忘れることができた。なにも言わないはずの画布がなにかを僕に語り、慰めてくれているように思えた。ロスコの部屋に入ったとき、僕はわかる、とか、わからない、とかの、認識を超えたものを感じていた。躯が先に反応して、頭がその反応の所以をまったく理解していなかった。それでもよかった。一人じゃないと思えることが救いだった。一見なんでもない画布のシミに、心が響き合い、共鳴していた。そしてロスコの部屋を出たあと、親友を失ったような、ひどく寂しい気持ちになった。そして帰り道、この作者は、この作品を創ったとき、さぞかし孤独だったんだろうなと思った。
日本に戻り、彼の事を調べた。あのとき見た作品群が、シーグラム・ビル内のレストラン「フォー・シーズンズ」に依頼されたものの、スノッブなレストランの雰囲気に幻滅し、作品がただただ金持ちの食事のアテにされて消費されるのを嫌い、契約を破棄したために宙づりになったという、いわく付きのシリーズだったことを知った。さらにその作品群の寄贈先をテイトギャラリー(現テイトモダン)に決めた直後、彼は自殺している。
彼の作品の本性は、印刷では「まったく伝わらない」と断言してもいいと、僕は思う。今、日本にいて彼の画集を見かけても、買うことはないだろうし、展覧会があったとしても、あのときを超える呼応は期待できない。それならば、思い出を抱えて、熟成して自分の糧にしようと思う。好きな画家は?影響を受けたアーティストは?と聞かれても、彼の名前を挙げることはないだろう。でも忘れられない、きっといつまでも。そういう出逢い方だった。
自分が描いているのは、ロスコの真逆、具象絵画だ。昨年、剣山シリーズで具象と抽象の境のようなものを試してみたが、「自分の中で」、失敗した。でも自ら決めてしまっていた展覧会を断る勇気もなく、自分を誤魔化して発表した。すると思いがけず好評だった。緻密に描ききらないという手法を取ったので、作品の価格を低く設定したせいか、小品が何点か売れてしまうという反作用も起こってしまった。これではこの先、道を誤る可能性がある、と思った。作品が評価されるのは嬉しいけど、自分に嘘はつけないと思った。自ら望むことがよくわからなくなって、得体のしれないものに飲み込まれてしまうような気がした。だから僕は一旦自分をリセットした。それにしてもなぜ当時、具象と抽象の境に疑問符を置いたのか、今となって思い返してみると、それはロスコの部屋で起こったことを、なんとか自分で理解しようと無意識で足掻いた傷痕だったように思う。結果、表層だけをこねくり回すという浅い実践だけで終わってしまったので、後悔が生じてしまったのだ。
あのとき異国で感じた、あの感応の正体。それは使い古されている言葉なのだけど、確かに「祈り」のようなものだったと思う。神仏に向かうときのような、手を合わせたときの神妙な気持ち。怖いと想う人の目には、ものすごく怖く映り、優しいと想う人の目にはには、ものすごく優しく映る。そして心から求めるものなら、ちゃんとそこに映る。そういう神道で言うところの「鏡」、仏教で言うところの密教像のような多面性が備わっていたように思う。日本に戻ってから、具象と抽象について考えてはみたが、納得のいく答えはでなかった。それどころか、何年も経っているというのに、いまだ、あの時の躯の反応に、頭がついてきていないままのような気がしている。今はもう吹っ切れていて、抽象に触れることはないが、それでもときどき、ふとあのときのことを思い出すことがある。そんなときはこんなふうに思う。今、自分はまったく別の方法で、自分にとって最良の方法で、あのときの一枚の画布のシミを、模写(写実)しているのだろうと。
追記
ロスコ・ルーム(シーグラム壁画)は千葉にある川村記念美術館に常設されています。
http://kawamura-museum.dic.co.jp/collection/mark_rothko.html
人と同様、作品にも出逢い方と言うものがある。そのとき僕は初めての海外での滞在ということもあり、情熱よりも不安の方が大きかった。知りあいもいない。英語もカタコトだし、財布の中身も心許ない。滞在中、僕はほとんどの時間をギャラリーや美術館を見て回ることに使った。絵画なら、わかるという自負があった。共通の言語を求めることによって、少しでも不安を埋めようとしていたのだ。結果、自分を試すつもりが、誤魔化してばかりいた。滞在中、いけない土地に迷ってしまい、キッズたちに襲われて、命がけで逃げ出したこともあった。誰も助けてはくれなかった。トイレで破れた上着を捨て、汚れた服を洗った。その日もロスコの部屋に飛び込んだ。するとなにもかも忘れることができた。なにも言わないはずの画布がなにかを僕に語り、慰めてくれているように思えた。ロスコの部屋に入ったとき、僕はわかる、とか、わからない、とかの、認識を超えたものを感じていた。躯が先に反応して、頭がその反応の所以をまったく理解していなかった。それでもよかった。一人じゃないと思えることが救いだった。一見なんでもない画布のシミに、心が響き合い、共鳴していた。そしてロスコの部屋を出たあと、親友を失ったような、ひどく寂しい気持ちになった。そして帰り道、この作者は、この作品を創ったとき、さぞかし孤独だったんだろうなと思った。
日本に戻り、彼の事を調べた。あのとき見た作品群が、シーグラム・ビル内のレストラン「フォー・シーズンズ」に依頼されたものの、スノッブなレストランの雰囲気に幻滅し、作品がただただ金持ちの食事のアテにされて消費されるのを嫌い、契約を破棄したために宙づりになったという、いわく付きのシリーズだったことを知った。さらにその作品群の寄贈先をテイトギャラリー(現テイトモダン)に決めた直後、彼は自殺している。
彼の作品の本性は、印刷では「まったく伝わらない」と断言してもいいと、僕は思う。今、日本にいて彼の画集を見かけても、買うことはないだろうし、展覧会があったとしても、あのときを超える呼応は期待できない。それならば、思い出を抱えて、熟成して自分の糧にしようと思う。好きな画家は?影響を受けたアーティストは?と聞かれても、彼の名前を挙げることはないだろう。でも忘れられない、きっといつまでも。そういう出逢い方だった。
自分が描いているのは、ロスコの真逆、具象絵画だ。昨年、剣山シリーズで具象と抽象の境のようなものを試してみたが、「自分の中で」、失敗した。でも自ら決めてしまっていた展覧会を断る勇気もなく、自分を誤魔化して発表した。すると思いがけず好評だった。緻密に描ききらないという手法を取ったので、作品の価格を低く設定したせいか、小品が何点か売れてしまうという反作用も起こってしまった。これではこの先、道を誤る可能性がある、と思った。作品が評価されるのは嬉しいけど、自分に嘘はつけないと思った。自ら望むことがよくわからなくなって、得体のしれないものに飲み込まれてしまうような気がした。だから僕は一旦自分をリセットした。それにしてもなぜ当時、具象と抽象の境に疑問符を置いたのか、今となって思い返してみると、それはロスコの部屋で起こったことを、なんとか自分で理解しようと無意識で足掻いた傷痕だったように思う。結果、表層だけをこねくり回すという浅い実践だけで終わってしまったので、後悔が生じてしまったのだ。
あのとき異国で感じた、あの感応の正体。それは使い古されている言葉なのだけど、確かに「祈り」のようなものだったと思う。神仏に向かうときのような、手を合わせたときの神妙な気持ち。怖いと想う人の目には、ものすごく怖く映り、優しいと想う人の目にはには、ものすごく優しく映る。そして心から求めるものなら、ちゃんとそこに映る。そういう神道で言うところの「鏡」、仏教で言うところの密教像のような多面性が備わっていたように思う。日本に戻ってから、具象と抽象について考えてはみたが、納得のいく答えはでなかった。それどころか、何年も経っているというのに、いまだ、あの時の躯の反応に、頭がついてきていないままのような気がしている。今はもう吹っ切れていて、抽象に触れることはないが、それでもときどき、ふとあのときのことを思い出すことがある。そんなときはこんなふうに思う。今、自分はまったく別の方法で、自分にとって最良の方法で、あのときの一枚の画布のシミを、模写(写実)しているのだろうと。
追記
ロスコ・ルーム(シーグラム壁画)は千葉にある川村記念美術館に常設されています。
http://kawamura-museum.dic.co.jp/collection/mark_rothko.html
2011/09/07
魂の死
吉村昭の「漂流」というドキュメンタリー長編を読んでいる。江戸時代に黒潮に乗って絶海の火山島、鳥島に流されてしまった男たちの実話を元にした一枚の壮大な写実画のような物語だ。火山島である鳥島に餓死寸前で辿り着いた男たちは、あほう鳥という無尽蔵な食料で息を吹き返すも、やがて長平という男を残して次々と倒れてしまう。食料は豊富にある。しかし男たちは弱っていく。栄養の偏りである。長平は貝を求めて、毎日海にでかけていく。しかし貝だけでは男たちの栄養の偏りを修正できない。だけど同じものを食べている長平は衰弱しない。長平は気づく。男たちの衰弱は「運動不足」が原因だと。
食料の不安がなくても、毎日一定の運動を自らに課さなければ、人間は死んでしまう。まず足腰が立たなくなり、肉体の衰弱に伴って、精神が淀み、死ぬ。運動によって得られるもの、それは「負荷(ストレス)」だと思う。肉体は反応の器、みずから代謝しているとはいえ、甘やかすとどんどん弱くなる。それは精神にも連動する致命的な欠点を大きく孕んでいるとも言える。だから負荷は、ガス抜き、カンフル剤として必要なのだろう。
現実に当てはめてみるとしっくりくる。家でダラダラしている人に限って、足腰が弱く、覇気がない。文筆家や小説家もまた、肉体労働などしたことがないような(印象を受ける)人の言葉には、迫力がない。心に汗をかいていない。波乗りがうまいだけで、海の中に潜ったことがないような心象を受ける。そういう人にかぎって議論好きだったりするからやっかいだ。その逆に動き回っている人には覇気が伝わってくる。足腰のことはわからないけど、言葉には説得力がある。現場にしかない生き血を吸い取って、血肉にしているからだと思う。別に外に出て運動をすればいいということではなく、喉仏を掻きむしって爪の中に血が滲みこむような、発しないといけない、やむにやまれぬ事情が介在しているかどうかが説得力に呼応しているんだと思う。やむにやまれぬ事情は、広義的な意味で「激しい運動」を促している。車椅子のホーキンス博士が、やむにやまれぬ事情をバネにして、他の科学者の追随を許さない卓越した運動能力を獲得したように。
ここで重要なのは「自らに課す」という意志だと思う。物語を読んでいると、生きながらえようとする強い意志がないものから順番に、死んでいる。たった一人生き延びてしまった長平は、自死を踏みとどまり、果てしのない暗く長い月日を経て、新たに難破して、地獄に辿り着いてしまった人たちに、こう言う。
「私は読み書きもできぬ一介の水夫です。高僧のようにさとるなどということはとてもできぬ男です。しかし、なにか一つのさとりをもたなければ、この島で生きていくということはできないと思います」
「そのさとりとは?」
水も食料もある場所にいても、私たちは一つのさとりのようなものを探している。それは肉体ではなく、魂が死のうとしている危機感を、われわれ(人間)が、われわれ(人間)の中に感じとっているからではないだろうか。いったいなにを頼り(一つのさとり)にして、私たちは生きていこうとしているのだろうか。高僧の答えではなく、読み書きもできぬ、長平のような人の答えの中にこそ、スウッと染みこんでくるような大きな手がかりがあるのかもしれない。先人たちの壮絶な記録と、そのものたちに憑依された吉村昭という作家の文章は、運動不足に陥って、衰弱し、思考停止になり、自分で自分の首を絞めるような、今まさに魂が絶えようとしている人たちにとって、果てしない、大きな負荷となって、激しい運動を促してくれている。逃げるな、受け入れろ、生きろと、蘇生してくれている。
※ 私たち=われわれ=自分=人間
2011/9/25 追記
ネタばらしのような気がして書かなかったのだけど、「現在」の人たち(われわれ)にとって、この長平の言葉がとても大事(おおごと)の予感を感じてしまったので、少し時間を置いた形になったが、書くことにした。この事実を基にした小説「漂流」のクオリティが、重要な台詞を晒すことになっても、少しも損なわれることはないとも確信しているので。
あほう鳥しかいない岩だらけの島に難破して、仲間を失い、たった一人、自死を踏みとどまり、三年も生き抜いた長平が、新たに地獄に辿り着いてしまった舟乗りたちに語った言葉の続きは、以下である。
★
「そのさとりとは?」
吉蔵という水主が、長平の顔をうかがった。
「さとりとは・・・、口に出すこともおそろしいことだが、この島で一生を暮らそうと思うことです。しかし、私には、まだそのようなさとりの境地に達することができません。どうしても故郷へ帰りたいと強く願っています。そこで、せめて帰郷は神仏の意におまかせしよう、それまではあせることもなく、泣くこともやめて、達者に暮らそうと思うようになりました。このように考えてから、気持ちがひどく楽になりました」
長平は、しんみりした口調で言った。
★
漂着してから計十二年、恐るべき努力と忍耐によって、長平たちは生還する。
食料の不安がなくても、毎日一定の運動を自らに課さなければ、人間は死んでしまう。まず足腰が立たなくなり、肉体の衰弱に伴って、精神が淀み、死ぬ。運動によって得られるもの、それは「負荷(ストレス)」だと思う。肉体は反応の器、みずから代謝しているとはいえ、甘やかすとどんどん弱くなる。それは精神にも連動する致命的な欠点を大きく孕んでいるとも言える。だから負荷は、ガス抜き、カンフル剤として必要なのだろう。
現実に当てはめてみるとしっくりくる。家でダラダラしている人に限って、足腰が弱く、覇気がない。文筆家や小説家もまた、肉体労働などしたことがないような(印象を受ける)人の言葉には、迫力がない。心に汗をかいていない。波乗りがうまいだけで、海の中に潜ったことがないような心象を受ける。そういう人にかぎって議論好きだったりするからやっかいだ。その逆に動き回っている人には覇気が伝わってくる。足腰のことはわからないけど、言葉には説得力がある。現場にしかない生き血を吸い取って、血肉にしているからだと思う。別に外に出て運動をすればいいということではなく、喉仏を掻きむしって爪の中に血が滲みこむような、発しないといけない、やむにやまれぬ事情が介在しているかどうかが説得力に呼応しているんだと思う。やむにやまれぬ事情は、広義的な意味で「激しい運動」を促している。車椅子のホーキンス博士が、やむにやまれぬ事情をバネにして、他の科学者の追随を許さない卓越した運動能力を獲得したように。
ここで重要なのは「自らに課す」という意志だと思う。物語を読んでいると、生きながらえようとする強い意志がないものから順番に、死んでいる。たった一人生き延びてしまった長平は、自死を踏みとどまり、果てしのない暗く長い月日を経て、新たに難破して、地獄に辿り着いてしまった人たちに、こう言う。
「私は読み書きもできぬ一介の水夫です。高僧のようにさとるなどということはとてもできぬ男です。しかし、なにか一つのさとりをもたなければ、この島で生きていくということはできないと思います」
「そのさとりとは?」
水も食料もある場所にいても、私たちは一つのさとりのようなものを探している。それは肉体ではなく、魂が死のうとしている危機感を、われわれ(人間)が、われわれ(人間)の中に感じとっているからではないだろうか。いったいなにを頼り(一つのさとり)にして、私たちは生きていこうとしているのだろうか。高僧の答えではなく、読み書きもできぬ、長平のような人の答えの中にこそ、スウッと染みこんでくるような大きな手がかりがあるのかもしれない。先人たちの壮絶な記録と、そのものたちに憑依された吉村昭という作家の文章は、運動不足に陥って、衰弱し、思考停止になり、自分で自分の首を絞めるような、今まさに魂が絶えようとしている人たちにとって、果てしない、大きな負荷となって、激しい運動を促してくれている。逃げるな、受け入れろ、生きろと、蘇生してくれている。
※ 私たち=われわれ=自分=人間
2011/9/25 追記
ネタばらしのような気がして書かなかったのだけど、「現在」の人たち(われわれ)にとって、この長平の言葉がとても大事(おおごと)の予感を感じてしまったので、少し時間を置いた形になったが、書くことにした。この事実を基にした小説「漂流」のクオリティが、重要な台詞を晒すことになっても、少しも損なわれることはないとも確信しているので。
あほう鳥しかいない岩だらけの島に難破して、仲間を失い、たった一人、自死を踏みとどまり、三年も生き抜いた長平が、新たに地獄に辿り着いてしまった舟乗りたちに語った言葉の続きは、以下である。
★
「そのさとりとは?」
吉蔵という水主が、長平の顔をうかがった。
「さとりとは・・・、口に出すこともおそろしいことだが、この島で一生を暮らそうと思うことです。しかし、私には、まだそのようなさとりの境地に達することができません。どうしても故郷へ帰りたいと強く願っています。そこで、せめて帰郷は神仏の意におまかせしよう、それまではあせることもなく、泣くこともやめて、達者に暮らそうと思うようになりました。このように考えてから、気持ちがひどく楽になりました」
長平は、しんみりした口調で言った。
★
漂着してから計十二年、恐るべき努力と忍耐によって、長平たちは生還する。
2011/09/01
眠る男
小栗康平監督作品「眠る男」を見た。
冒頭から、フレーミングが気になってしかたがなかった。なぜここにこれが映っているのか。まったく関係ないような電線や家財道具、看板。画面の奧で(撮影していることに気づいているかどうかもわからないように)ごく当たり前に人や車やバスが横切る。心象を伝えるような俳優のアップショットもなく、気がかりな言葉を残して唐突に絵が変わったりする。なにを書いているかよく見えない背景の看板、チラッとだけ見えている積み重なった洗濯機や、どこにでもありそうな橋や、見覚えのある山、空、雲、鳥。あらゆるものが偶然のようにフレーミングされている。多くの監督が排除しようとする事象を、あえて作為的に取り込んで、混沌とした大きな渦を、化学反応のように、ゆっくりと発生させているというのか、例えばなにもない青空に、魔法をかけて雲を発生させている実験を見ているような印象があった。
終始ただならない気配のようなものを感じていた。その気配とは別に、見覚えのある、どこか懐かしいような日本の風景が同時進行しているで、極個人的な思い出を取り戻しているしているような感慨もつきまとう。ふとゴチャゴチャしているなあ、と思っていたものが、ピタッと等価値になる瞬間がある。そこで人間とは世界の主役ではなく、ある一部分を形成しているだけ存在ということを気づかされる。でもちゃんと自然の一部として存在している。共存している。吹き飛ぶような芥子粒のひとつひとつに、物語と矜持がある。眠る男を枢軸にして、表と裏、あの世とこの世を逆転にさせた混乱が、さらにその物語を際だたせる。それを見せられて、引き裂かれそうな自分がいる。そんな自分を見透かしたように、男は、物語の終盤、ブロッケン現象に映る影に向かって「人間って、大きいんかい?小さいんかい?」と尋ねる。観ている自分も、あのときまさに、そう尋ねたかった。代弁してくれたような爽快感があった。ほっとするのと同時に、自分自身に問いかけられているという気持ちにもなる。虹の中にいるのは、自分の影だったことに気づかされる。問うてみたかったのも自分だが、問いかけられたのも、自分だったという矛盾が異界への扉を開き、世界が二重とも三重とも呼べるような存在であることの気づきによって、視界が開けたような快感に満たされる。
フレームの中に在るものすべてが、緻密に計算され、周到に準備されたもの、または無意識が呼び寄せた、本人すら気づいていない(のではないかと僕が思うだけ)、奇跡的な存在の集合体であることにはっきりと気づかされたのは、能のシーンだった。これはもう、僕には語れない。観て頂くしかない。人智を超えた恐るべき力の介在が、はっきりとここに見える。もちろんここだけではなく、恐るべき力は、物語のそこかしこに散りばめられている。「恐るべき力」の源泉のようにも見える、自然の摂理に逆らった「魔」のエネルギーを喚起させるような、ゆっくりと半時計回りに動く巨大な水車。唐突な鳥の声、台詞。女が森で対面する眠る男。鹿。吸い込まれる煙突の煙、蝿、竜巻。当たり前のように通るバス、車、人、電車。当たり前のような商店街、自転車置き場、民家。すべてに満遍なく愛情が注がれ、見逃してしまいそうな「当たり前」や「意味不明」や「どこにでもある」が説得力を放ち、そこから渦のようにして物語が紡がれる。だからこそ鑑賞する側の無意識に溜まった要素を浮かびあがらせたうえで、どこに行ってしまうかわからないような、風に舞う落ち葉のような気まぐれを追いかけているようなテンポが我(が)を誘い、そこはかとなく完結したうえで、そこはかとなく無限に向かって解き放たれ、極私的な物語となりえる。
僕はこの映画を見て、希望(希なる望み)とも言い換えることができるような、気高い負荷を背負うことができた。この負荷は、とても自分を逞しくしてくれる力だ。自分を根本から否定し、打ち砕き、とことんまで絶望させてくれたうえで、性根もろとも蘇らせてくれる可能性と勇気だ。その力は啓示となって、この先、大切な場面で僕に直接語りかけてくれるのかもしれない。今すぐではなく、忘れたころに。もしかしたら鹿の口を借りてかもしれない。もしかしたら雨音を借りてかもしれない。もしかしたら鈴虫の音を借りてかもしれない。「君が変わらずして、なんで世界が変わるはずあるんだい?」「おい、どうかしてないか?ちゃんと自分を信じろ」「大勢に迎合する必要がどこにある?」「よく考えろ。それが大事なことか?」「今ここに、なんで君は生きてる?なぜ君は死ななかった?」そしてグルグル回って、この問いに帰結することだろう。「人間って、大きいんかい?小さいんかい?」
それにしても心を揺さぶる作品は、いつだって大勢とか大多数とかの影に隠れて、まるで踏み絵のように、そこに至る過程に階段を仕掛けてあり、辿り着くその過程、そのものまでもが作品の中に組み込まれているような不思議がある。だからこそ恩寵であり、類い希なんだろうなあと思う。
風の旅人 編集だより 「人間は大きいのか、小さいのか」
http://kazetabi.weblogs.jp/blog/2008/04/post-2dcf.html
冒頭から、フレーミングが気になってしかたがなかった。なぜここにこれが映っているのか。まったく関係ないような電線や家財道具、看板。画面の奧で(撮影していることに気づいているかどうかもわからないように)ごく当たり前に人や車やバスが横切る。心象を伝えるような俳優のアップショットもなく、気がかりな言葉を残して唐突に絵が変わったりする。なにを書いているかよく見えない背景の看板、チラッとだけ見えている積み重なった洗濯機や、どこにでもありそうな橋や、見覚えのある山、空、雲、鳥。あらゆるものが偶然のようにフレーミングされている。多くの監督が排除しようとする事象を、あえて作為的に取り込んで、混沌とした大きな渦を、化学反応のように、ゆっくりと発生させているというのか、例えばなにもない青空に、魔法をかけて雲を発生させている実験を見ているような印象があった。
終始ただならない気配のようなものを感じていた。その気配とは別に、見覚えのある、どこか懐かしいような日本の風景が同時進行しているで、極個人的な思い出を取り戻しているしているような感慨もつきまとう。ふとゴチャゴチャしているなあ、と思っていたものが、ピタッと等価値になる瞬間がある。そこで人間とは世界の主役ではなく、ある一部分を形成しているだけ存在ということを気づかされる。でもちゃんと自然の一部として存在している。共存している。吹き飛ぶような芥子粒のひとつひとつに、物語と矜持がある。眠る男を枢軸にして、表と裏、あの世とこの世を逆転にさせた混乱が、さらにその物語を際だたせる。それを見せられて、引き裂かれそうな自分がいる。そんな自分を見透かしたように、男は、物語の終盤、ブロッケン現象に映る影に向かって「人間って、大きいんかい?小さいんかい?」と尋ねる。観ている自分も、あのときまさに、そう尋ねたかった。代弁してくれたような爽快感があった。ほっとするのと同時に、自分自身に問いかけられているという気持ちにもなる。虹の中にいるのは、自分の影だったことに気づかされる。問うてみたかったのも自分だが、問いかけられたのも、自分だったという矛盾が異界への扉を開き、世界が二重とも三重とも呼べるような存在であることの気づきによって、視界が開けたような快感に満たされる。
フレームの中に在るものすべてが、緻密に計算され、周到に準備されたもの、または無意識が呼び寄せた、本人すら気づいていない(のではないかと僕が思うだけ)、奇跡的な存在の集合体であることにはっきりと気づかされたのは、能のシーンだった。これはもう、僕には語れない。観て頂くしかない。人智を超えた恐るべき力の介在が、はっきりとここに見える。もちろんここだけではなく、恐るべき力は、物語のそこかしこに散りばめられている。「恐るべき力」の源泉のようにも見える、自然の摂理に逆らった「魔」のエネルギーを喚起させるような、ゆっくりと半時計回りに動く巨大な水車。唐突な鳥の声、台詞。女が森で対面する眠る男。鹿。吸い込まれる煙突の煙、蝿、竜巻。当たり前のように通るバス、車、人、電車。当たり前のような商店街、自転車置き場、民家。すべてに満遍なく愛情が注がれ、見逃してしまいそうな「当たり前」や「意味不明」や「どこにでもある」が説得力を放ち、そこから渦のようにして物語が紡がれる。だからこそ鑑賞する側の無意識に溜まった要素を浮かびあがらせたうえで、どこに行ってしまうかわからないような、風に舞う落ち葉のような気まぐれを追いかけているようなテンポが我(が)を誘い、そこはかとなく完結したうえで、そこはかとなく無限に向かって解き放たれ、極私的な物語となりえる。
僕はこの映画を見て、希望(希なる望み)とも言い換えることができるような、気高い負荷を背負うことができた。この負荷は、とても自分を逞しくしてくれる力だ。自分を根本から否定し、打ち砕き、とことんまで絶望させてくれたうえで、性根もろとも蘇らせてくれる可能性と勇気だ。その力は啓示となって、この先、大切な場面で僕に直接語りかけてくれるのかもしれない。今すぐではなく、忘れたころに。もしかしたら鹿の口を借りてかもしれない。もしかしたら雨音を借りてかもしれない。もしかしたら鈴虫の音を借りてかもしれない。「君が変わらずして、なんで世界が変わるはずあるんだい?」「おい、どうかしてないか?ちゃんと自分を信じろ」「大勢に迎合する必要がどこにある?」「よく考えろ。それが大事なことか?」「今ここに、なんで君は生きてる?なぜ君は死ななかった?」そしてグルグル回って、この問いに帰結することだろう。「人間って、大きいんかい?小さいんかい?」
それにしても心を揺さぶる作品は、いつだって大勢とか大多数とかの影に隠れて、まるで踏み絵のように、そこに至る過程に階段を仕掛けてあり、辿り着くその過程、そのものまでもが作品の中に組み込まれているような不思議がある。だからこそ恩寵であり、類い希なんだろうなあと思う。
風の旅人 編集だより 「人間は大きいのか、小さいのか」
http://kazetabi.weblogs.jp/blog/2008/04/post-2dcf.html
2011/08/27
生まれいずる悩み
昨日、ふと有島武郎の「生まれいずる悩み」という小説が無性に読みたくなって本棚を探したが、なくしてしまったようで見つからなかった。たえず物持ちを少なく、という習慣があるので、度重なる引っ越しの際に処分してしまったのだと思う。それでもどうしても気になって検索していたらネット上に公開されていたのでそれを読んでいた。http://www.aozora.gr.jp/cards/000025/files/1111_20600.html
はじめて読んだのは美大に入学してすぐのころだったと記憶している。タイトルだけは心に残っていて、その内容を忘れてしまっていたのだけど、冒頭の「私は自分の仕事を神聖なものにしようとしていた」で始まる作者の懺悔のような独白から、「君」と呼ばれる画家志望の青年の複雑な心境を一瞬で伝える「どうでしょう。それなんかはくだらない出来 だけれども」という言い回しまで読んだとき、この小説に書かれているすべてのことが、心太(ところてん)のように記憶の箱からするすると湧き出てきた。こうなるともう、読み進めることが既知の事項をただただ確認することだけになるのだけど、そういう確認作業をするシステマティックな脳味噌のどこかで、細くて、今にも切れそうな回路の糸が、もぞもぞとミミズのように蠢いているという、頭の中を掻きたくなるような、奇妙なざわめきというか、痒みのような異物感があった。
そして読み終えてしばらくしたあと、ある極私的な記憶が蘇ってきた。それは奇妙な偶然の一致の記憶だった。そして今になって唐突に思い出したその記憶のことを考えているうちに、そのときにはわからなかった、その偶然の一致の意味が解けた。自分にとってはとても大きな問題なのだけど、あまりにも極私的なことなのでここで言葉にして昇華するのは逡巡するのだけど、たしかに、たしかに、解けたのだ。それはようするに、その記憶とこの本の内容が、なんの関係もないように見えるのだけど、実のところ本人にはうまく把握できないような複雑な経路で絡み合いながら繋がっていて、「ふと」思いだす。という直観という形を借りて、そのほぐれが解けていったのだと思う。読中の妙なざわめきは、その糸が複雑な回路を辿るときに生じた胸騒ぎだったのだろう。
ふと思い出す、というのは、きっかけが必要だと思う。そのきっかけとは、直観という名前を借りているけど、その正体とタイミングはあらかじめ決まっていたような確かなもので、化学反応のような必然なのだと思う。その直観の火花が、潜在意識が淡々と流れていく日常から丁寧に拾い集めていた情報や言葉でできた、大きくて燃えやすい知識の無秩序な束に、火をつける。そして野火のように風を受けて広がった炎は、顕在意識に気づきを与えたうえで、脳内を焼け野原にしてくれる。野火は知らず知らずに溜まっていた洗脳をも焦がし、まさにこれから、という芽が広がろうとする、肥えた畑と可能性の種を与えてくれているような気がする。
この小説を始めて読んだあのときには、微塵も想像すらできなかったであろうことが、現実に広がっている。その現実の有り様そのものが、「きっかけ」の正体であり、タイミングなのだと思う。
すべてをなげうって芸術家になったらいいだろうとは君に勧めなかった。と述べる作者は、最後に「君」の背中を押さなかった理由をこう述べている。
「それを君に勧めるものは君自身ばかりだ。君がただひとりで忍ばなければならない煩悶-- それは痛ましい陣痛の苦しみであるとは言え、それは君自身の苦しみ、君自身で癒さなければならぬ苦しみだ」
背中を押したその先が、生である保証はまったくない。むしろ、そうでないことの方が多いのだろうと作者は考える。そう考える冷静と刹那が、苦の中にこそ生があるという尊厳の細部を、漁民の生き様をしつこいくらいに描写するという形で試みているが、その試みが逆に、この小説全体に宿る、懺悔のような、祈りの気配を際だたせ、すっきりとした読後感や、単純な答えを拒んでいるように思える。現実には作者である有島武郎はモデルとなっている木田金治郎に、上京して絵の勉強をしようとするのを制して、故郷(北海道岩内)に留まって描き続けなさいと助言をしている、そういう事実もまた、興味深いものがある。
その夜、寝支度をしていたら、大きな虫の音が聞こえはじめた。やけに近いなあと音を辿っていたら、洗濯場に一匹の鈴虫がいた。毎晩聴いているはずなのに、そのときだけは特別な音色のように聞こえた。いつもとは違う心の在り方が、聴覚を狂わせたのだ。それはまるであの世からの呼び鈴のようだった。あの世とこの世が、すれ違ったような気がしていた。
はじめて読んだのは美大に入学してすぐのころだったと記憶している。タイトルだけは心に残っていて、その内容を忘れてしまっていたのだけど、冒頭の「私は自分の仕事を神聖なものにしようとしていた」で始まる作者の懺悔のような独白から、「君」と呼ばれる画家志望の青年の複雑な心境を一瞬で伝える「どうでしょう。それなんかはくだらない出来
そして読み終えてしばらくしたあと、ある極私的な記憶が蘇ってきた。それは奇妙な偶然の一致の記憶だった。そして今になって唐突に思い出したその記憶のことを考えているうちに、そのときにはわからなかった、その偶然の一致の意味が解けた。自分にとってはとても大きな問題なのだけど、あまりにも極私的なことなのでここで言葉にして昇華するのは逡巡するのだけど、たしかに、たしかに、解けたのだ。それはようするに、その記憶とこの本の内容が、なんの関係もないように見えるのだけど、実のところ本人にはうまく把握できないような複雑な経路で絡み合いながら繋がっていて、「ふと」思いだす。という直観という形を借りて、そのほぐれが解けていったのだと思う。読中の妙なざわめきは、その糸が複雑な回路を辿るときに生じた胸騒ぎだったのだろう。
ふと思い出す、というのは、きっかけが必要だと思う。そのきっかけとは、直観という名前を借りているけど、その正体とタイミングはあらかじめ決まっていたような確かなもので、化学反応のような必然なのだと思う。その直観の火花が、潜在意識が淡々と流れていく日常から丁寧に拾い集めていた情報や言葉でできた、大きくて燃えやすい知識の無秩序な束に、火をつける。そして野火のように風を受けて広がった炎は、顕在意識に気づきを与えたうえで、脳内を焼け野原にしてくれる。野火は知らず知らずに溜まっていた洗脳をも焦がし、まさにこれから、という芽が広がろうとする、肥えた畑と可能性の種を与えてくれているような気がする。
この小説を始めて読んだあのときには、微塵も想像すらできなかったであろうことが、現実に広がっている。その現実の有り様そのものが、「きっかけ」の正体であり、タイミングなのだと思う。
すべてをなげうって芸術家になったらいいだろうとは君に勧めなかった。と述べる作者は、最後に「君」の背中を押さなかった理由をこう述べている。
「それを君に勧めるものは君自身ばかりだ。君がただひとりで忍ばなければならない煩悶--
背中を押したその先が、生である保証はまったくない。むしろ、そうでないことの方が多いのだろうと作者は考える。そう考える冷静と刹那が、苦の中にこそ生があるという尊厳の細部を、漁民の生き様をしつこいくらいに描写するという形で試みているが、その試みが逆に、この小説全体に宿る、懺悔のような、祈りの気配を際だたせ、すっきりとした読後感や、単純な答えを拒んでいるように思える。現実には作者である有島武郎はモデルとなっている木田金治郎に、上京して絵の勉強をしようとするのを制して、故郷(北海道岩内)に留まって描き続けなさいと助言をしている、そういう事実もまた、興味深いものがある。
その夜、寝支度をしていたら、大きな虫の音が聞こえはじめた。やけに近いなあと音を辿っていたら、洗濯場に一匹の鈴虫がいた。毎晩聴いているはずなのに、そのときだけは特別な音色のように聞こえた。いつもとは違う心の在り方が、聴覚を狂わせたのだ。それはまるであの世からの呼び鈴のようだった。あの世とこの世が、すれ違ったような気がしていた。
2011/08/05
光明
高千穂に行った。なんとなく以前から気になっていた、聖地を一本の矢で刺し貫いたような直線、レイライン。鹿島神宮から始まり、皇居、明治神宮、富士山、伊勢神宮、吉野山、高野山、剣山を通るそのレイラインの終点に、高千穂はある。地図以外の情報を一切頭に入れないままに、なにも期待せず、導かれるままにその終点を目指していた。
バイクの野営旅で疲れはピークに達していたのだけど、国見ヶ丘の壮大な雲海に迎えられ、高千穂に入った途端にいつのまにやら疲れが蒸発して、躯が喜びはじめて元気が戻っていた。道の駅に辿り着き、看板を読んで神話の里だと知る。なんだろうこの雰囲気。大昔にここで栄えた、小さくて豊かな文明が確かにあったという説得力に溢れていて、それらを裏付ける遺跡群が丁重に受け継がれている。ここはどことなく偶然辿り着いたアトリエ、神山の風景に似ていた。細胞が喜んでいた理由は、その風光明媚による視覚情報の恩恵だけではなく、我が家に帰ってきたような単純な安心感で心が笑っていたのだ。
弾丸ツアーだったが、急ぎ足でひと通り土地を見て回った。やはりどこに行っても、ホッとする。気持ちがよく、知らない土地に懐かしさがある。もし自分が地図のない時代にここに辿り着いたのなら、この辺に家を構えようと試みたのかもしれない。温泉に入ったあと、路肩にバイクを止めた。太陽を隠した濃い霧が空一面に立ちこめ、すべてを一瞬にしてリセットしてしまうかのような力強い光明を放っていた。
むずかしいことはなしにして、とりあえず旅っていいなあ、と思った。
バイクの野営旅で疲れはピークに達していたのだけど、国見ヶ丘の壮大な雲海に迎えられ、高千穂に入った途端にいつのまにやら疲れが蒸発して、躯が喜びはじめて元気が戻っていた。道の駅に辿り着き、看板を読んで神話の里だと知る。なんだろうこの雰囲気。大昔にここで栄えた、小さくて豊かな文明が確かにあったという説得力に溢れていて、それらを裏付ける遺跡群が丁重に受け継がれている。ここはどことなく偶然辿り着いたアトリエ、神山の風景に似ていた。細胞が喜んでいた理由は、その風光明媚による視覚情報の恩恵だけではなく、我が家に帰ってきたような単純な安心感で心が笑っていたのだ。
弾丸ツアーだったが、急ぎ足でひと通り土地を見て回った。やはりどこに行っても、ホッとする。気持ちがよく、知らない土地に懐かしさがある。もし自分が地図のない時代にここに辿り着いたのなら、この辺に家を構えようと試みたのかもしれない。温泉に入ったあと、路肩にバイクを止めた。太陽を隠した濃い霧が空一面に立ちこめ、すべてを一瞬にしてリセットしてしまうかのような力強い光明を放っていた。
むずかしいことはなしにして、とりあえず旅っていいなあ、と思った。
登録:
投稿 (Atom)







