2014/11/12

不思議の壁


窓辺に一羽の小鳥が来てくれるようになった。

ふっくらとしてかわいいこの小鳥の名は、ジョウビタキ。ジョウ(尉)は和名で銀髪、鳴き声が火打ち石の音に似ているので、ヒタキ(火焚き)。銀髪の火焚きは渡り鳥らしい。どこから来て、どこに帰っていくのだろうか。聞いてみたくなる。

鳥には自然物と人工物の区別がない。電線だろうが木の枝だろうが、気にしてない。人間が自然なら、人間が作った物も、ほんとうは自然。区別しているのは、自然を自分から切り離してしまった人間の目。電線にとまる鳥の自由を見ていると、そんなことを考えさせられる。

ある日、天気がよかったので裏庭で絵を描いていたら、ジョウビタキ(銀髪の火焚き)がのぞきに来た。べつにのぞきに来たわけではないのだろうけど、そんなふうに感じる自由はある。夕方から部屋に移動して同じ絵を描いていたら、またジョウビタキが来た。窓をコツコツと足で叩いたり、体ごとぶつかっている。窓が認識できないんだろうなと思う。こういう透明なしきり(壁)は、自然界には存在しないだろうから。

人間界にも透明なしきりというものは存在する。これ以上踏みこんではいけない領域や、結界がある。不思議の壁は見えないので、野鳥が窓を理解できないように、人間もその壁を理解できない。でも心静かにそっと近づくことによって、開示される美しさというものはある。内面の体験が、窓(外界の美)を開く鍵になるのだと思う。

視界のどこかに動植物がいたり、川のせせらぎや小鳥の声が聞こえたりすると、ほっとする。部屋に花を飾ったり、雨音で心が落ち着くのは、きっと間接的に自然と同期しているからだろう。切り離された自然が、求められて、思い出すように内面に戻ってくるそのときに、不思議の壁が一瞬だけ消える。

不思議の壁が消えたそのときに開示される美しさとは、ほんとうの自分の静けさに立ち戻り、誘惑や雑音を消して、本質世界にコミットしようとする意志(自分の力)に対して、送り届けられるギフトのようなものだろうと思う。

窓を叩く小鳥に対応して、回路を合わせる自由は、誰にでもある。窓にぶつかる小鳥を笑うだけなら、自分の心の壁にも気づけないのだろう。小鳥に窓を通過させて家に入れることはできないけど、自己愛や浅い感傷心や幼児性を乗り越えて、透明な存在の命を受け入れることはできる。小鳥と出会う。ということの本質とは、そういうことだろうと思う。



2014/10/25

ブナの森②


早朝からブナの原生林に。紅葉の登山客を避けて早めに家を出たら、鹿ではなく、イノシシが出迎えてくれた。数日前に美しいイノシシの顎の骨を拾ったばかりだったので、点と線で結ばれていく物語が感じた。

ブナにとってのほんとうの天敵は、鹿でもイノシシでもなくて、人間だと思う。なんの役に立たないからと切り倒されて、原生林はほとんどなくなってしまった。だけどそのかろうじて残された原生林を守ろうとしているのも、人間。意識では捕らえにくくても、追いこまれても在り続ける小宇宙に、美しさを感じるからだと思う。

登山における道迷い遭難のほとんどは、(あれ、おかしいな)と思う瞬間を見過ごすことにあるという。この時点でもと来た道を引き返せば、正しいルートが見えてくる。道を間違えたことを認めたくないという心理が働くと、この「引き返す」という決断がなかなかできなくなる。本能はスサノヲのように多面的で、道なき道を切り開くような生命力がある一方で、母の国へ戻りたいと泣き叫ぶ子供のような一面もある。そんな観察するまでわからない素粒子のような状態でも、自分の都合や好き嫌いを越えた直観(インスピレーション)が、全体の生命を支えてくれる場面がある。

ブナの森にフレームインすると、絵画のような世界が迫ってくる。ブナは木ではない(木無)と呼ばれる以前に、別次元からの根拠を持っている。その根拠の方に視点を動かすと、自分の内側になにかが流れてきて、その泉から敬虔な気持ちがあふれてくる。その内にむかって注がれてくる霊的感覚が存在の根拠であり、本質だと思う。

ジャコメッティという画家(彫刻家)が、木を描こうと森に入る。彼は木を描こうとして、木を見ているのだけど『俺が木を見ているんではない、木が、俺の方を見ているのだ』と感じる。たくさんの木に見つめられ、その視線の沼から、どうにかしてそこから抜けだそうとする力が、描くということだという。注がれてくるもので溺れそうになるからこそ、作品を作るというジャコメッティの態度(木が私を見ている)は、きわめて正確で誠実だと感じる。

自分を超えた存在への敬意とは、全体の生命を支えてくれる世界への恋文だと思う。散るからこその秋を愛おしみ、やがて来る冬への備えを希望に変える。荒ぶれる魂と戯れて、流るる水のような清らかな調和を保つ。獣の心と静かな心。この葛藤に拠り所を作ることができるのが、人間ではないだろうか。




2014/10/08

紀伊国

熊野から高野山に。

紀伊続風土記では「熊は隈であり、籠もるという意味。この地は山川幽谷、樹木鬱蒼だから熊野と名付けた」とある。たしかに紀伊国には、隠れ、籠もるイマージュがある。台風が近づいていて、天気が崩れかけていたのは幸いだったのかもしれない。日本の森はカラっと晴れているよりも、湿っている方が本質的に思える。

熊野に惹かれているのは、異界を感じているからだと思う。深い眠りを導いてくれる、死と緑の世界。一時的に死(仮死)を受け入れ、霊界に籠もり、そこで新しく再生して、目覚める。


紀伊国はパラレルリアリティを感じさせてくれる。宇宙が多次元構造であったなら、もうひとりの自分の影に、もしかしたら出会っていたのかもしれない。時空の違う自分から、影響を受けているのかもしれない。剣山のエネルギーは、大斎原に結びついていると聞いた。那智の瀧は、海と繋がり、高野は沈黙する。熊野が異界なら、高野山は冥土。

すっかり暗くなって、黒々とした高野山を降りるときに、お助け地蔵と大きく書かれた場所で、カモシカがじっとこちらを見ていた。なんでこんな場所にいて、しかも逃げないのだろうと、かなり不思議に思って通り過ぎ、しばらく進んでいたら、道に迷った。ちゃんと地図は確認していたけど、いたるところ工事中で、不確かだった。直前まで陶芸家さんと深い話をしていたせいか、黄泉の国に入ってしまったのかと思った。真っ暗で心許なく、不安になってきたので、決心して慎重に夜道を引き返すと、カモシカが同じ場所にいて、こっちを見ていた。ああ、なるほどと思った。救われたような気がした。

一人のとき、なんかおかしいな、とちょっとでも感じたら、迷わず引き返すのが、山の鉄則らしい。ここまできたのだから、とか、きっと大丈夫だろうと、自分を過信すると、せっかく降りてきてくれた直観を、見過ごすことになる。なにごとにも言えることで、そのことをカモシカは、沈黙の力で教えてくれたんだと思う。

カモシカは好奇心が強いので、人間に出会っても逃げずに立ち止まることがあることは知っている。でもなぜ「お助け地蔵」の前だったのだろうか。なぜそのあと自分は道に迷ったのだろうか。なぜ帰りを待ってくれていたのように、ずっとそこに居続けてくれたのだろうか。その謎を解く鍵は、他人ではなく、自分のなかにある。

人間はなにかを確信すると、それに見合った世界観を生成する。信じる力は、生きることを肯定してくれる。どんな世界観も見せてくれる、万物の内在的な原因こそが、神(自然)だと思う。



2014/09/27

ブナの森


ブナの原生林に。一の森ではなくて、剣山スーパー林道の途中にある。

未舗装のスーパー林道は、数年前、南下ルートの山中でパンクしてひどい目にあったきり、過酷なので敬遠していた。この道ははじめて走った。ちょうど神山と剣山をほぼ直線で結ぶ最短ルート。こんなすごい場所があるとは、いままで知らなかった。ブナの原生林は、きっとこのあたりから、剣山、一の森まで広がっているのだろう。

広葉樹にはどこか宇宙的な魅力がある。とくにセザンヌのような色紋がついたブナは美しい。

針葉樹は地の力を体に感じさせるが、広葉樹は天の力を我が身に解き放つ。直線的な針葉樹の気質とは違って、広葉樹は一本一本の個性の違いが際立っていて、同じ種でも多様性があり、混沌としているが、全体にそこはかとない秩序があり、樹海とはまた、違う魅力がある。


ブナについているセザンヌのような色紋は、そっくりな模様が周辺の石にもついている。このセザンヌの石を見つけたら、近くにブナがあるかもしれないというサインでもある。ブナに惹かれはじめたのは、犬塚勉さんの作品集を見てからだと思う。ブナのシリーズが好きで、樹なのに、石のようにも見えていた。魂と矜持をはっきりと感じる、そのまなざしに憧れる。犬塚勉とセザンヌ。この二人の魂を、石やブナという自然の個性は、永遠という絆で結びつけてくれている。

そして色紋が見えない距離まで下がって俯瞰すると、視界が変わって、高島野十郎の風景が立ちあがる。野十郎の風景は、日本の田舎の至るところに存在する。作品とは、記憶の玉手箱。いつでも、また逢える。

原生林には、人間なんて眼中にないような気高さと、宇宙に繋がっているような自由がある。その森には誰もいないのだけど、まなざしがある。そのまなざしは、魂を結びつける。これからまた、通おうと思う。日本の風景は、ほんとうに逞しくて、多様で、美しい。あらためてそう思う。

ブナの森の絵を描いていると、誰かが背中を押してくれているような気がして、心が強く清らかに、静かになる。いま此処にあるはずの体を、どこかに預けているという不思議と、安らぎに包まれて、夢を見ているような気持ちになれる。


ブナの森は樹海とは違う魅力があって、自由度が高い。自分で樹を倒して薪を作るようになってから、見た目の雰囲気で、なんとなく樹齢がわかるようになってきた。ブナはあまり長寿ではないと思うのだけど、それでも高城山の頂上付近には100年以上と思われる樹がたくさんあった。樹霊に囲まれて、天国に迷いこんだような気持ちになっていた。

山のうえでぼんやり空を見ていたら、とつぜん風がやんで、すっかりなにも聞こえなくなった。鳥も鳴くのをやめて、無音。川の音も届かない。山のてっぺんで、ささいな音も、動いているものもなにもない、静止した大きな視界のなかで、巨大な雲だけが、ゆったりと流れていた。目に映るものすべてのなかで、雲だけが悠々と生きていた。
帰り道の林道で、山の声が聞こえた。幻聴ではなくて、内なる響きを、自分なりに翻訳しただけにすぎないのだけど、それを山の声と言い切っても、べつにいいのだと思う。

『人間はなにもしらない。この世界の、ほんの一部しかわかっていない』

そう言っているように思った。

人はなにかを本気で信じはじめると、数珠を繋ぐように、それに見合った世界観を生成する。そうして意識の鏡のように、現実はたえず変化していく。人は世界を、見たいように見ている。だけど、見たいようにも見れないような、まるで臨死体験のような自己消滅の場面において、全体的に働いている宇宙の法則のようなものを獲得している。




2014/09/15

まなざし


犬と散歩していたら、頭上でミンミン蝉が蜘蛛の巣にひっかかった。

からまった羽根を広げて、絶叫している。見ていられないので、長い枝を探して、蜘蛛の糸を切ってあげたら、うまく飛べずに、そのまま足元に落ちて、犬が食べてしまった。なんとも言えない気持ちになった。

もしも未来を知っている「なにものか」が、こっそり事の次第を観察していたとしたら『ああ、あいつは正義感で蝉を助けようとしているが、ほんとうは蝉の寿命を縮めようとしている愚かものだ』と思っただろう。

だけど「なにものか」は、いつも見ているだけで、けして自分に干渉しない。過ぎ去ったあとで、気配だけを残す。蝉から見れば、蜘蛛の巣も、人間も、犬も、ひっくるめてぜんぶ苦難だ。その連鎖に自我は気づけない。その苦難を、断ち切ろうとしたのだから。

あのとき蝉が、最後に絶叫しなければ、自分は蜘蛛の糸を切ったりはしなかっただろう。悲鳴のように聞こえた。だから犬のことを忘れて、蜘蛛の糸を切った。蝉は犬から逃げきる可能性はあった。だから後悔はない。ただし、ここに残る「なんとも言えない気持ち」とは、向かい合う責任があると思った。

なんとも言えない気持ちとは「まなざし」によって生じている。

ここで言う「まなざし」は、自分からではなく、「なにものか」から受ける視線のことを指している。たとえば花を見つめていると、花のほうから見つめられているような気がしてくる。そのとき「なにものか」は、すでに花らしさのなかに宿っている。上の方からの異次元の光が、花に命を与えているかのように思える。

なんとも言えないこの気持ちのことを、本居宣長はもののあはれ(物の哀れ)と呼んだ。「もののあはれをしる」心そのものに、宣長は美を見出した。見つめるものと見つめられるもの、内と外が、ひとつになったときに、「まなざし」は出現する。ほんとはひとつに重なっていた。だから、物の哀れ。もともとひとつだったことを知り、そしてまた、離れなければならない運命に気づくのは、哀しいことだから。

「なにものか」は未来を知っている。過去と未来が、大いなる記憶のなかで、二つの世界を合わせるように、ゆれ動きながら「私」とすり合って、ピントが合ったときに、いま、此処にあるリアリティーが「まなざし」を通して、出現する。

私たちの体を形づくっている60兆の細胞は、毎日1兆個の細胞が入れ替わるという。血液は100~120日間、骨は1年半~3年ですべて新しく入れ替わるらしい。細胞学的には、数年前の私と今の私の体は、別人。自分とは、毎日すこしずつ入れ替わっている。それでいてなお「私」を「私らしさ」として繋ぎ止めている原因が、外ではなく、自分の内にある。

ほんとうは過去や未来は幻想で、毎日生まれ変わる体と、変わり続ける現在だけがあるとして、そのことを頭では理解できても、人に意識があり、意識が社会に関わっているかぎり、そのようにありのままには振る舞えない。狂人という烙印と本当の孤独に耐えうるような、超人的な思想と精神力がなければ、きっと虚無(ニヒリズム)に迷うことだろう。だからこそ人は、歴史の流れや社会全体の気配を通して、学び、悩み、勇気を出して、行動して、意識を揺れ動かしながら、自分を越えるものを敬い、こだわりを消してくれる世界に、憧れを抱く。

「まなざし」が運命を愛してくれていることを信じて。新しい存在を肯定してくれる窓が、大きく開かれていることを信じて。

内的世界のイメージと外的現象のエネルギーが拮抗すると、そこに新しいイマージュが生まれる。そのイマージュは自我を押し出すので、自分で在り続けようとするこだわりが消える。それは生と死の瞬きのような、永遠の一瞬だと思う。かつてシモーヌヴェイユが真空と呼んでいたのは、その領域のことだと思う。

魂があるとしたら、真空を通るはず。魂が真空を横切ったその瞬間に、人の感覚はもう過ぎ去ってしまった遠いまなざしを感じるのだろう。



2014/09/06

信仰


「根」が描きたくなって、宇佐八幡神社の大楠と、焼山寺の大杉を見に行った。どちらも樹齢500年を越えるもので、宇佐八幡神社の大楠は、大きくなりすぎて参道を破壊している。鎮守の森からは、何世代にも渡って大樹が育ち続けるような場所に、神域を定めようとする人間の永劫回帰への本能が漂っている。

焼山寺で二年前に撮影した大樹の根の写真を持っていたので、持参して見比べてみた。もちろん根の形状は寸分変わらないのだけど、そのままの状態の小石まであったのには、ときめいた。度重なる大雨や嵐に耐えて、そっと根に寄り添っている。偶然が重なって移動する大きな石もあれば、なにがあろうとも、そこに留まろうとする小さな石もある。

むき出しになった樹の根には、死後の世界を感じさせる力がある。ここからは見えない地下世界へと、力強く伸びていく躍動がある。深く静かに根を伸ばすからこそ、人間の寿命をゆうに越えて、守り神として生き続ける。私たちにすこしだけ姿を見せてくれている「根」は、天と地、生と死の境に潜む、荒ぶる神の権現。人間の目は植物の動きを目で追えないほど不自由だけど、その一瞬は私の永遠なる感覚を呼び覚まし、霊性を回復させてくれている。

大きくなりすぎて参道を破壊している、宇佐八幡神社の大楠の樹の根を見つめていると、敬虔な気持ちになる。

鎮守の森は、社(やしろ)以前に、そもそもそこに在る。ほんとうは、神社のほうが大楠に干渉している。だけど人間の目には、樹が大きくなりすぎたかのように見えてしまう。

信仰や表現それ以前に、自然がある。人間だけが自然からはみだして、社会や歴史や宗教や芸術を作っても、草は何度でも生え続けるし、樹は根をはって、大きくなる。目の前のその事実にはかなわないし、手に負えないところがある。

敬うとは、自分から見えているもの以前の、見えていない自然への原始感覚を開く、鍵のような働きだろうと思う。なにも求めていないのに、自分の内側から、外側に向かって、すっと扉が開く。その扉の向こうに、吸いこまれていく純白さが、信仰という色なのだと思う。





2014/08/29

混沌と秩序



手つかずの森のなかにいると、そこはかとなさに包まれる。所在や理由がはっきりしないけど、なんとなく距離や空間のないものを感じられる。「そこはかとなさ」には、あらゆる要素が、まだはっきりしない未段階のまま、詰まっている。

そこから観察者がある要素を抜き取ると、自然はそのように変身する。キラキラしていて綺麗だなと思えば、そうなるし、やばいなと感じれば、そのような顔をしている。いかようにも変化する。

それは鏡のようにある側面を映しているにすぎないわけで、どのようにでも変容する、そのはっきりしない未段階に、興味がある。そういうものをはたして「視る」ことは可能だろうか。観測者が対象からなにかを引きだそうとしていなくても、混沌はありのままでエネルギーを発している。そこに畏れを感じて敬いの姿勢で佇んでいると、透明な風が体を通過する。しだいに外的世界と内的世界の区別が曖昧になって、それなのに、絶妙なバランスが感覚として立ちあがる。混沌(カオス)のなかに秩序(コスモス)を見ているのだろうと思う。

自然の方から訴えかけてくるものが、どのようにして自分に達しているのだろうか。視覚器官(目に映るもの)とは違う回路で、自然はこちらに流れている。自然への通路は、感覚によってのみ開かれる。

『人間の頭脳に対しては、自然は永遠に沈黙している。画家は、このことに最も辛抱強く耐えうる者でなくてはならない』前田英樹「セザンヌ 画家のメチエ」より

2014/08/19

回想のセザンヌ


              セザンヌ「ジョワシャン・ガスケの肖像」1896-97年
 
ベルナールの「回想のセザンヌ」を読み終えた。

ガスケの本もよかったけど、こちらもおもしろかった。読んでいるとすごく絵が浮かぶ。セザンヌがいた風景、その背中。空気。彼は写生の道中で、悪童どもにバカにされ、石を投げられた。サロンでの落選を繰り返し、その作品がようやく評価されるようになるのは、晩年。有名なサント・ヴィクトワール山と大松の絵は、当時の会場の扉口の上にかけられて、笑いものにされた。セザンヌは自分の芸術が世間に全く理解されないことに深く意気消沈していた。「絵を描きながら死のうと自らに誓いました」とはベルナール宛書簡。ある日の写生で突然の雷雨に襲われて、彼は昏倒する。

さんざん笑いものにしておいて、本人がいなくなってから近代絵画の父と呼ぶアカデミズムって、何様だろうか。

セザンヌの肖像画を見ていると、人間も自然の一部であることがよく伝わってくる。ヒトとモノが、エネルギー(気)の流れとして、踊るように画面に調和している。サント・ヴィクトワール山は、彼に選ばれてうれしかった。喜んでいる。それがよくわかる。見たことも聞いたこともない山だけど、そのことを、いまここにいて確信できる。

セザンヌが近代絵画の父と言われているのは、キュビズムがあったからだと思う。彼の「自然は、円球、円錐、円筒、で出来ている」という言葉は有名だけど、キュビズムとは戦略でありコンセプトなのだから、その進化が彼を越えられないことは、キュビズムがはじまった時点で確定されていた。セザンヌの絵は写実的ではないけれど、理系世界の構造現象というふうにも、僕はあまり思わない。あえて例えるなら、音楽であり、旋律だと思う。画布のなかに「気」が凝縮している。気が集合して「生」になっている。

『人間が生きているというのは、生命を構成する気が集合しているということである。気が集合すると生になり、離散すると死になる』荘子

集合させるのは画家であり、自然との出逢いだと思う。それほど時間をかけているようには見えないのに、遅筆だったのは、そのせいだと思う。描きかけの絵を、何年もおいてから、ちょっとだけ手を加えたりしていたのだと思う。他の人が見れば、なにがなんだかわからない。だけど本人にとっては、切実な問題で、画家にとっての「気」は、流通している時間や空間を越えているので、その集め方は、本人すらよくわからない類のものだろう。

セザンヌのタッチはとても純粋で、時間をかけて丁寧に正直に描いているのが、肖像画を見るとよくわかる。「集めている」という表現がしっくりくる。その周辺の空気とは、そこに立つ人の存在によって変化する。彼は万物の指揮者だった。気を集めてダンスを踊ってもらうには、極限の集中と曖昧な時間が必要なので、もしセザンヌがこれほどの集中を迷いなく量産できていたら、きっと若い時期に生涯を終えていたと思う。

日本人はどうしてもマンガやアニメの影響を受けてしまうので、五歳くらいを越えて自我が芽生えてくると、どこか絵がつまらなくなる。自分のなかから自然に発するものではなく、記憶にある映像を追ってしまうので、自然ではなくて、記憶の模倣になってしまう。セザンヌは記憶の箱ではなくて、自分のなかから自然を描く。トランプをする人の絵を何枚も描いているのは、その模索だと思う。構図は同じでも、だんだん下手になっているように見えるから、笑いものにされる。ほんとうは真理に近づいていることを、理解してくれる人は多くなかった。


自分のなかからカチリと一致する、外の世界との関係は、ほんとうはおしなべて平等に、誰もが知っていて、感じられる。説明のできないなにかを感じて、カチリ。と、扉が開く。気がついたら音もなく、開いているのかもしれない。その扉から新しい感動があふれてくる。まるで音楽のように。芸術の働きとは、そういうものだと思う。

『自分というものが干渉すると、みんな台無しになる。何故だろう』Paul Cézanne
 
 
 

2014/08/16

小さな声


朝から近雷が鳴り響いている。

数日前、台風明けの鮎喰川で、一人流されたと聞いた。詳しいことは聞いていないけど、憤ると同時に、胸がつかえたような気持ちになった。氾濫した鮎喰川を見ていると、その圧倒的な力に吸いこまれそうになる。足がすべらしたらまず助からないことはわかっていても、タナトスに惹かれてしまう。でも実際に近づいていくと、耳の後ろの方で、小さく声がする。『やめとけ』と。それ以上ちかづくなと。それは内なる声だから、従う。自我が肥大していると、その声が聞こえにくくなるのだと思う。内なる自然に対して耳を澄まして従うことは、臆病ではけしてない。

自然は怖い。畏れこそ本性だと思う。

だからこそ敬虔な気持ちがわいてくる。敬うような気持ちで接していると、見返りを求めない、大いなる母のような、無限の愛情を与えてくれる。見えない手で、あなたは一人ではないと、抱きしめてくれる。自然は正体を見せない。人間なんて眼中にないから、計り知れないところがある。人間がいてもいなくても、自然はいままでもこれからも、存在し続けてくれている。芸術とはこれからも存在し続けてくれる自然への、人類からの置き手紙であり、贈り物だと思う。古来から芸術は自然の模倣である、と言われている。人間が自然の一部だからだと思う。

自然はじねんとも読む。たまたまそうであること。即ち偶然という意味でもあるという。自然とは、人為によってではなく、おのずから存在している。おのずから存在しているものが、なんらかの形をとっている。人間が川と呼んでいるのは、川が存在しているというよりも、存在が川という姿をしているだけなのだと思う。同じように、人間が自然と呼んでいるものとは、自然が存在しているのではなくて、存在そのものを自然と呼んでいるだけの、実体のつかめないイマージュ。言葉が自然を切り離してしまったと嘆くなら、その声で自然を取り戻せばいいのだと思う。

動物界、植物界、自然界は、人間界と繋がっている。そういうふうに総和的に自然を観察していると、自と他の区別が曖昧になってきて、外的現象と内的世界が結びついているような気がしてくる。そういうときにでも聞こえてくる小さな声とは、命(いのち)だと思う。

2014/08/07

星と雨


満天星。天の川から流れ星がこぼれ落ちた。

天の川は私たちの住んでいる銀河なので、内部から属している銀河を見ているのだけど、いくら頭でわかっていても、やっぱり天の川は私の外にある。「私は天の川を見ている」から逃れられない。とても大きな問題だと思ってる。

川の中から川の姿を見ることはできない。すこしだけ顔をあげないと無理だ。銀河は銀河から出なくても、内側から銀河の姿を見ることができる。だけど見ているものに観察者が含まれているという実感は、見たままでは得られない。星と重力の関係だと思う。光(明)と重力(暗)がなければ、銀河を見ることはできない。星と重力に挟まれて、私たちはいる。まるで蟻のように、球体の表面を無限に歩いている。薪割りの他力とは、もろに重力。天から地へと、自然に落ちていく力を、「私」を放棄して、自然の力を最大限に利用させてもらっている。地球の中心に繋ぎとめられているからこそ、私たちは生存できるし、天の川や流れ星を見ることができる。

陽があるうちなら、川の中から外を見ることはできる。ついさっきまでいた世界が、陽光でやわらかく揺れている。ぼんやりとしていて、つかみどころがない。川の中から川の姿を見ることはできないけど、川の中から、いまここではない空間という、ぼんやりとした新しい宇宙を、波にゆられながら、見ることはできる。

水の中では重力から解放される。完全にではないけど、力がほどける。そのほどけた具合は、川の外に見える、ついさっきまでいたはずの世界のあいまいさと、よく似ている。もしも天の川を見るときに、「私」という力を水の中のようにほどけたならば、天の川銀河を自分の内側からぼんやり見つめることも、可能なのだろうか。

天の川からこぼれ落ちた星は、やがて雨になって川に戻ってきた。
                            

雨が続いている。雨音を聞いていると、なんとなく心が安まるのは、雨音が星の調べだからだろうか。星の王子さまではないけど、肝心なことは目に見えない。目に見えない、内宇宙の旋律。

雨は一粒一粒の集合体のはずだけど、速すぎて目で追えない。きれぎれの一本の糸に見える。雨音や、地面にぶつかって、はじめて粒だとわかる。一方で、雨を喜ぶ植物の動きは、遅すぎて目で追えない。人間の目は、その中間あたりの、動物的世界の動きを追えるようにできているのだと思う。降る雨のように頭の回転が速い人もいれば、植物のようにゆったりと答えを出す人もいる。近代社会は前者を圧倒的に賞賛するけど、どちらがいいとは、けして言えない。ゆったり出した答えの方が、うまくいってるということはある。IQの高さなんて、人としての質には関係がない。

ゆったりとした人も、降る雨のような鋭さを持っている。社会に適応できない人の描く絵(アールブリュット)が心の襞に残るのは、それを感じた人の内側で、頭の回転では追いつかない雨(涙)の流線が残るから。それは絶望における慈愛のような、説明のつかない雨と植物の交流なのだと思う。乾いた日に畑の野菜に水をやると、一瞬だけ虹ができるような軌跡。

人間の目は雨粒も植物も目で追えないほど不自由だけど、見えていないものを感じとる自由はある。その自由が、おそらく本当の平和を獲得するのだと思う。

2014/08/06

睡蓮


お線香がなくなったので、焼山寺まで買いに行った。陽射しは強いけど、山の頂上は涼しかった。ふと池を見たら、鯉が睡蓮の葉を日よけに使っていた。かわいい。こういうふうに使うとは思ってもみなかった。睡蓮はなんとなくこういう姿で水に浮かんでいるわけではなくて、鯉たちの日傘であり、お遍路さんの袈裟。水の中で生活をしていない私たちの目は、つい花に注目してしまうのだけど。その丸い日傘の葉は、鯉たちを強い陽射しから守っている。

ふとモネの絵を思い出した。


彼の代表作「散歩、日傘をさす女性」は、彼が愛した妻、カミーユ。

モネは「死の床のカミーユ」を描き、病により死を迎えた妻を、永遠という記憶に残したあと、終の棲家としたジヴェルニーで、後半生を「睡蓮」に捧げる。日傘をさす女の絵は、まるで鯉のように、下から空を見あげるような構図だった。モネは池に浮かぶ、その丸い葉を執拗に描いた。水の中に漂うものに、祈りを捧げるように。水面は生と死の鏡のように、秘密を抱えている。ここから先はあなたが住む世界ではないよとでも言いたげに、青い空や緑を撥ねて、キラキラと輝いている。モネはこの世界に共存する、別の世界を見つめていたのだと思う。見つめているものに、見つめられていた。


 
『人は私の作品について議論し、まるで理解する必要があるかのように理解したふりをする。私の作品はただ愛するだけでよいのに』Claude Monet
 

2014/07/21

神輿渡御

剣山に。神輿を舟にみたてて、標高1955mの山頂まで担ぐ神輿渡御が行われる特別な一日だった。


今年はかつげなかったのだけど、神輿が山を登ったり降りたりするのを見ていて、ヘルツォークのフィツカラルドという映画を思い出していた。巨大な船で山を越えるという映画。CGではなく、本物の船で山を越えている。監督がなにを描きたかったのかは、そのシーンだけで伝わってくる。人間は夢を現実にしようとする。


神輿渡御は人間が主体ではなく、山が主体になっている。夢を現実にする映画ではなくて、現実を夢に変換してくれているリアリティがある。祭りはその象徴であり、交流の美学なのだと思う。自然を越えようとすると、語り得ないバランスによって、越えようとする粒子そのものが、内部破壊されてしまう。大昔の人間はそのことを直観していた。


世界は人間が思うようにはできていないことを、山という存在は大いなる沈黙で教えてくれている。山とは沈黙という構造のピラミッドなのだと思う。


山はただ山と呼ばれているだけであり、山らしく動かずに、ただ言語の限界を輪郭として、そこにある。然はなにも答えてはくれない。だからこそ、すべてを受け入れてくれる。






2014/07/16

石の声



最近、河原でよくこういう石たちを見かける。

置き手紙みたいで、胸がときめく。メッセージを感じてしまう。たしかにそこにいた人のぬくもりがあり、形そのものの神秘性もある。作った人はそこにいなくても、時空が違うだけで、意思は残っている。儚くて、いまにも壊れそうに、あやうい。

天文学的な要素や呪術性はないにしても、表現のルーツって感じがする。たとえ作家が此の世にいなくても、残された作品に意思は残っている。そこにいたぬくもりを、すぐそばに感じることができる。その意思を継ぐものがいる。いつの時代にも必要な意思(魂)なら、何世代にも渡って受け継がれていく。表現ってそういうものだと思う。河原の石碑のように、誰が作ったかとか、ほんとうは関係ないのだと思う。積みあげた石そのものに宿る意思は、自由だと思うから。

たとえばこの石は勝手に立ちあがって、こんなふうになっちゃったんだよって誰かに言われても、その人を愚かだと、笑い飛ばしていいのだろうか。もしかしたらこの石たちは、こんなふうに立ちあがりたくて、その石の声が聞こえる人が、その通りにしてあげたのなら、それは石そのものの念動力(テレキネシス)であり、総和的な自然の表現。人間も自然の一部であることを、立ちあがった石は証明していることになる。
 






2014/07/13

関係性

これからの時期は野菜がぐんぐん育つので、畑の水やりがうれしい。打ち水も楽しみだ。陽光に向かって水をまいていると、虹ができる。

最近東京で大きな虹が出たそうだけど、その虹を見せたのは、なにものなのだろうか。もしも人々が野菜なら、虹を見せてくれたのは、時間の流れが違う見えない存在と言える。人間は野菜の動きを目で追えないのだから。時間の流れが違うもの同士は、相対的にどちらかが見えない存在になりえる。

蟻や野菜が人間を把握できないように、人間にも把握できない存在がある。私たちは、世界をありのまま見ているわけではなく、自分たちが見えるもの、見たいものだけを見ている。それで世界を知ることにはならない。だけど見たくないものを見なければならないという考え方も、すこし違うと思う。見たくないという前提に、フィルターがかかっている。

自分という色メガネを外せば(外そうと試みて、内的世界を注視すれば)、やがて意識が透明になって、関係性だけが見えてくる。社会的束縛を受けない関係性の世界には、見たいものとか、見たくないという価値判断すらつかない原野が広がる。その関係性の糸には、強すぎず、弱すぎず、切れない程度の絶妙な緊張感があって、その緊張とは、畏れだと思う。

本質的な姿には綺麗とか汚いとかないのだから、ペルソナが強い人は拒否反応が出ることもあるとは思うけど、そもそも自然の畏れから沸いてくる力は、恐ろしくても、美しい。暗くても、深い静寂があり、呼吸が深くなり、沈黙に飲みこまれて、言葉を失ってしまう。でも時間はかかっても、どこかに安心する要素があるので、言葉を失った余韻のなかで、新しい自分(自然)を取り戻すことができる。

東アフリカの原住民が、日の出に太陽を崇拝することを知ったユングは、「太陽は神様か?」と聞いたところ、ばかなことを聞くなという顔つきで否定されたという。「太陽が昇るとき、それが神様だ」と老酋長は言った。原住民にとって「神」とは、世界との関係性のことであり、状況だった。

「私」との関係性こそ神だとしたら、畑に水をやるときに、喉が渇いた野菜と、水を与える自分との間に、ふいに出現する虹は、自分にとっての神さまの姿。押しつけられた神ではなくて、そのリアリティに基づいてなら、八百万の神々は、確実に存在している。具体的なリアリティと普遍的なリアリティが一致するところに、接点があるのだと思う。

畑に水をまいていると、元気になる。元気になるというのは、気が元に戻るということだから、乱れていた状態から±0に変位したということ。喉が渇いた野菜にとっては「私」が雲になって、雨を降らせてくれている状態、即ち私は一時的であれ、「天」の状態になる。その関係において、生命力がゼロポイントにて流通するのだと思う。

なにも考えずに水をまいていれば、なにも起こらない。(喉が渇いたのだろうな)と思うからこそ、流線を描いて向こうに落ちる水が、こちらの乾いた心にもしみてくる。潤った葉に寄り添う、その一つの水滴は、私と世界の合わせ鏡であり、社会的束縛を受けない関係性だけを映している。思う力というのは、距離や境界を消してまう。自他が消滅した空間にのみ、魂(仏性)の交流がある。自分が世界に対して、透明になっていく。そのかぎりなき透明さの向こうで、八百万の神々は祝福してくれている。 その祝福のことを、美と呼んでもいいのだと思う。

そろそろ水をあげようかなと思っていたら、雨が降ってくれた。そういうこともある。
 

 
 
 

2014/07/05

影響

ある日、夕刻の空が赤く染まった。いつもは青い相が重なり合う時間帯なので、不思議に思って気になっていたら、今、世界ではイスラム教徒による断食月(ラマダーン)と知った。世界人口の4分の1くらいの人々が宗教的行事を行っている断食月には、そういう不思議な現象が起こってもおかしくないと、NY在住の方に教えてもらった。なるほどと気持ちがおさまった。

天空の不思議に合わせて断食月が設定されているのかもしれないし、断食月に合わせて、天空が不思議を表現してくれているのかもしれない。どちらでもなく、どちらでもあり、人智を超えた領域において、互いに影響しあっている。

天に向かって静謐な時間を共有できる喜びや平安は、あらゆる宗教や人種を超えて繋がっている。影響とはどちらが与えて、どちらが受ける関係というよりも、見えない力を互いに共有する共振増幅作用なのだから、響き合う影の光源とは大日如来であり、アッラーであり、GODであり、太陽であり、どのように考えてもいいのだと思う。現象は宗教を超えた場所から発生しているから。




2014/06/25

見つめるもの、見つめられるもの

空が空を見ている。

空(犬)はシャイなので、ふだんはそばにいないのだけど、突然トコトコ歩いてきて、じっーーと上目遣いで見つめてくる。ふだんはシャイなのに、この場合は絶対に目をそらさない。だから、あ、散歩か、ごはんかな、とわかる。そして行動する。犬は言葉を使えないけど、念動力(Telekinesis)が使える。意思の力だけで、物体(私)を動かしている。

この力の発動は、対象(私)との目に見えない関係において成り立つ。(私)が念に気づかなければ、力は生まれていない。念は思考を喚起させる。犬が見つめているな、と、ここまでは誰にでも受信できる。その後の思考力が、現象を誘い出す。それは犬の力でもあるし、同時に(私)の力でもある。この関係を「約束」と呼ぶことにする。捨て犬と私には、出逢ったときにこの約束が成立している。わかりあえなくても、その約束という場のなかで、流通する力がある。約束だけでは力は生まれないけど、約束という場で働く思考の自由は、エネルギーを外的世界に変位させる。

言葉によって規定されてしまった世界は、言葉を使えない。だから常に念を送っていて、約束が結ばれて、思考によってエネルギーが生まれるのを待っている状態だと言える(色即是空)。近すぎて見えないけど、心とからだも約束をしている(空即是色)。


 数日後、ちょっとしたアクシデントで左下眼瞼を挫滅、涙小管が断裂したので、車に乗せてもらって、徳島県立中央病院、深夜のERへ。翌日を待って緊急オペ、一晩入院して、昨日帰宅。ER、縫合、手術台。はじめての経験が一度にやってきた。涙小管に糸を通す処理が難しいらしく、三人がかりで二時間の手術。局所麻酔で左目だから、精神的にきつかった。ホワイトアウトのような二時間を過ごしたあと、大部屋の病室で、窓の外の眉山を見ていた。まさか入院させられるとは思っていなかったので、なにも持っていなかったけど、なにかする気もしなかった。どこからかテレビの声が聞こえてきた。内容はどうでもよくて、音楽を聞いているような気がしていた。
 
大病院のような異空に突然ほおりこまれると、自分がなにものかなど、どうでもよくなってくる。世界と寸断されたような気がしていて、それで残された右目で、山ばかり見ていた。山はなにも言わないけど、心を落ち着かせてくれた。山の下で移動する車や人が、蟻の営みのように見えた。山は不動だった。そのまま泥のように眠った。目が覚めると、左目の視界が回復していた。両目が使えるだけで、遠近法が立ちあがる。山がぐぐっと近づいてきて、森に抱かれているような気がした。自分にだけは嘘をつくなよ、と言われているような気がした。正直に生きろよと、耳元で囁かれたような気がしていた。

左目に涙がたまる。

ERの人に左下眼瞼を縫うのはすぐにでもできるけど、切れた涙小管がふさがってしまい、左目からだけ勝手に涙が出るよと言われて、入院がどうしてもいやだったので、別にそれでもいいので縫ってくださいと言ったけど、まだ若いからと断られた。振り返ると、医師の言うとおりにしてよかった。いまは糸が入っていて、涙が出口を失っているので、悲しくもないのに、左目に涙がたまる。私の意志とは関係なくたまる涙の意味とは、「私」が悲しみを見ているのではなくて、悲しみの方が「私」を見ているからだと思う。左目は人知を超えるもの、大いなる存在(神即自然)の声を聞く右脳と直結している。アクシデントにはそういう意味がある。

悲しみが私を見つめている opampogyakyena shinoshinonkarintsi
悲しみが私をじっと見つめている ogakyena kabako shinoshinonkarintsi
 (マチゲンガ語) バルガス・リョサ「密林の語り部」より

悲しくさせるものを見て流す涙は、こちらの意思が関与している。泣きたくて泣いている。そういうものではなくて、「私」が関与せずに、たまる涙がある。遠くの山を見ていて、なんだかよくわからないのに、ふと泣けてくる。これは年をとったからではなくて、世界の感じ方が変わったからだと思う。言い換えると、子どものころに持っていた内なる自然を取り戻したから。自分に素直になると、大いなる意思の方から、私にむかって響きかけてくれる。古典芸能から読み取れるように、太古の人は、この声を聞く力を持っていた。大いなる意思に導かれていれば、「私」など必要がなかった。私の声(私が私に命令する)を持つようになってから、大いなる声と混同して、奢り、自分もその一部である自然を支配しようとして、堕落した。混乱を立て直すには、まずはありのままの自然に対する敬意から、すべてをはじめないといけないのだと思う。


また空が空を見つめている。
空が空をじっと見つめている。
涙がたまっているように見えたのは、気のせいだろうか。

2014/06/15

必然の糸

天気がいい。屋根の上にふとんを干せる日は、それだけでうれしい。太陽の光を吸ってふわふわになると、雲のうえに乗っているような心地が得られる。ささいなことなんだけど、こういうことに感慨を受けるようになってきた。

年をとったからというよりは、世界の感じ方が変わってきたからだと思う。近すぎて見えなかったこと、世間には見向きもされないような、当たり前で単純なことに、意識が向くようになっていた。以前はあまりそうではなかったから、変化を見つめずにはいられない。リアリティだと思う。なにが原因で燃えているのかわからないような火事を安全な場所で眺めるよりも、自分で薪を手配して、着火して、一瞬として同じ形なく燃えあがる炎を、煙が目に染みたり、水が抜ける音が聞こえたり、火の粉が飛んでくるような具体性を通して、内なる世界との関係においての、現象との距離を確かめたいという思いが、いつのまにか芽生えていたのだと思う。

自分が変わる(変わらざるをえない)節目というものがある。幼少のころ、誰にも言えないようなこと、出逢いや別れ、痛みや哀しみ、環境の変化。いろんな要因が重なっていて、ああ、たぶんあのころだよなと、人生が交響曲だとしたら、それぞれの変調のタイミングを思い出せる。ただ振り返ると、あれはなんだったんだろうと不思議に思うことはある。

2011年の3月、思いきってアトリエを大阪から徳島の神山に移した。11日後に大震災、原発事故が起きた。そのときにはうまく把握できなかったけど、極私的な変調と、自然の現象だけではない、ただならない出来事がリンクしていた。世界の感じ方という内的世界と、変わらざるを得ないという外的世界の状況が、折り重なって存在していた。人間の意志をも支配している必然の糸があるとしたら、その糸を「私」はどう編んでいくのかという哲学が必要だった。

世界と私はけして切り離せない関係なのだから、自分の本性の根底に降りていくときに、世界の感じ方(愛し方)も変わっていくのは、ごく自然なことなのだと思う。内なる目で外的世界を見つめるとき、覚悟を決めている創造主の気配に出逢えることがある。それは幻覚ではなくて、内部に映し出される宇宙の構造だと思う。現実に起こることは、きっと内なる育みを投影している。




2014/06/05


密林の絵を描き進めている。こっそり教えてもらった屋久島のガジュマルの森で、整備されていない野蛮な蜘蛛の巣のような場所。特になんでもない構図の取材写真の一枚が光って、どうしても描かなければならない気がしているので、描いている。誰になにを言われようが、内なる声だけには逆らえないので、自分でもよくわからないままに手を動かしている。だから不安も大きい。

モチーフに迷うこともないし、絵筆を動かしているときも葛藤はないのだけど、手を止めて、ふと自分の絵を眺めるときに、いつも暗礁に乗りあげる。未熟さによる絶望は、意志の力でかすかな希望へと昇華できるのだけど、「なぜ描くのか」「なにをしているのか」「なんのために」という巨大な壁は、高すぎて登れそうもない。

『よく知られているように、間違いというものは、自分の仕事よりも他人の仕事の中に見つけやすいものだ。絵を描くときには、平らな鏡を使って、そこに自分の作品を映してみるとよい。すると、絵が左右逆に映し出される。そうすれば、誰かほかの画家によって描かれているように見え、じかに自分の絵を見ているときよりも、その欠点がよく見えるものだ』

ふとダヴィンチの言葉を思い出して、鏡を持ってきて、背中から絵を見ていた。欠点はよく見えるけど、壁の正体はわからない。そのまま関心はカムイの方に向かっていた。犬は自分をどう見ているのだろうかと、顔の前に鏡を立ててみた。

カムイは退屈そうに、鏡に映る我が姿にはまったく興味を示さなかった。しかし鏡ごしに映る自分を見ていた。目が合ったときに、はっとした。見られるものが、見ているものを観察していた。カムイにとっての最大の関心は、生命線である飼い主。どのような姿をしているかなどに興味を持つのは、自然を切り離し、野性を失って、その代償に「私」を獲得してしまった人間だけなのだろう。当然といえば当然なのだけど、目から鱗が落ちた。左右逆転の世界から、黒い犬に見つめられていた。

悩んで学んで、三十を過ぎてから油絵をはじめた。スタートが遅かったのは幸いだった。技術を覚えるたびに、確かな充実があった。押しつけられた貧困は我慢ならないけど、自ら引きこんだ貧しさは豊かだった。その豊かさのなかで、目覚めていく感覚があった。夢ではないなにかが現れた。仏僧は色のついた砂で曼荼羅を描き、完成したら吹き消す。不毛のように見えるけど、その儀式は、一人の人間の限界を、限ることができない方向に広げてくれている。夢ではないなにかとは、たぶんその方向に向かって伸びている、影のようなものだと思う。

人が手段を探すのは、不確かな領域に確実性(手応え)を与えたいからだと思う。たとえば路傍の石でさえ、内なる力で結ばれれば、霊性を帯びる。物質的な価値は、その人の意識を通して変容(メタモルフォーゼ)する。科学では測定できないその魔法を確かめたいからこそ、手を動かしているのだろうと思う。ダヴィンチはこんな言葉を残してくれている。

絵画とは、あらゆる素晴らしい事物の創造主を知るための手段である。





2014/05/17

禍時


陽が伸びてきた。

朝の斜光は黄金、夕刻は銀色を感じる。朝陽はとてもやわらかくて、繊細。夕刻は崇高な気がする。どちらもやさしい。力が漲ってくるのは朝だけど、夜を迎えるための藍色の世界には、足音を立てないように、そっと階段を下りていくような静けさと平安がある。沈黙の色というのか、たかが人間がなにも考えてはいけないような、厳かな空気がある。

ある風が強い日、日中は樹々が揺れているのを眺めていた。窓ごしに見ていると、風は直接体に当たらない。でも窓の音や動きで、風景は暗示されて感じられている。やがてぼんやりしてくると、樹々が自ら揺れているのか、風によって動かされているのか、どちらなのかよくわからなくなってくる。そしてなにかが現れてくる。

昨晩も風が強かった。深夜、犬を連れて走ったけど、息もできないような向かい風に、恐ろしくなって、途中で引き返してきた。枝かなんかが、飛んできて、突き刺さりそうな気がしたから。森は暗く、恐ろしい声でうなっていた。(いますぐ引き返せ)と言っているのだと思った。でも月がいつもより綺麗だった。ある地点で、大杉の隙間から、月が見える。この月がとても神々しく、美しい。杉の大木が揺れていて、ミィーミィーと猫のように鳴いている。無名(謎の獣)が枝を渡る。その背後に、黄金が射す。銀色の夜が月に裂ける。自分にしかわからない、ある地点に限られている。そのお気に入りの風景は、いつでも思い出せる。

その夜景を描きたいとは思う。でも未完成の絵がたまりはじめているので、我慢している。絵肌を気にするようになってから、かなり制作が遅くなっている。制作に集中できても、絵肌や細部に凝り出すと、絵は果てしなく遠い。でもそれでいいと思う。それがいいと思う。いつか死ぬのだから、じっくりいきたい。絵は生きて呼吸している。

古家や古道具がそうだと思うけど、手をかけ続け、まなでて、眺め続けたり、使い続けたりしていると、やがてその物体に、なにかが宿る。それらしい顔をしてきて、見るものを見つめてくる。そこまでくると、物体は見せ物ではなくなり。量産できなくなる。河原で拾った石を、部屋に飾って眺め続けていれば、石は物質的価値を超えて、ただの石ではなくなってくる。

お気に入りの石や流木を拾って、なんとなく飾る。名も無き草花を、生ける。そうして眺めていると、自然はなにかしら、答えてくれる。透明な風が体を突き抜け、(気に入ってくれて、ありがとう)と言っているのがわかる。本人にしかわからないような美しさを感受する機微のまなざしは、きっと社会の偽善も見破る。


青い時間がやって来ると、音楽をとめる。すると川の音に合わせて、カエルの声が聞こえてくる。オタマジャクシは川の五線譜に描かれた創造主の音符だと思っているので、カエルの合唱は生命の成長の徴(しるし)。沈黙の色は、オタマジャクシのころには聞こえなかった音を、崇高な時間に乗せて届けてくれる。

青い時間の崇高さって、(これからあたたかくなるというのに)行ったこともない極北の時間に繋がる。静かで、やわらかくて、やさしくて、厳しくて。沈黙って、きっといまここに在る場所から、空間も時間も持たない場所へのうつりかわり。無限って不死だから、どこか暗黒の地のイメージがある。底なしで恐ろしいのだけど、同時に究極的幸福で、杉の奥からかすかに漏れてくる、月の光のような安らぎもある。

『生きた心は静かな心であり、生きた心は中心も空間も時間も持たない心である。こうした心は無限の拡がりを有しており、それは唯一の真理、唯一の真実である』Krishnamurti

青い時間に、金色の蜘蛛が顔の前にすっと下りてきた。米粒くらいの、高貴で小さな蜘蛛。なんとなくうれしかった。金色の糸を編んでくれたらもっとうれしいのだけど。あの極小の蜘蛛は、金色の糸でインドラの網を編んでくれるんじゃないだろうか。結び目は美しい水晶の宝珠が縫いこまれている。ひとつの宝珠に他のすべての宝珠が映りこみ、すべての小さな小さなひとつぶの水晶のなかに、宇宙そのものを表現している全体が含まれている。


闇が近くなる青い時間を禍時(まがとき)と呼ぶらしい。黄昏時(たそがれどき)とも言うけど、それはたぶん、まだ夕焼けの名残りの赤さに注目した表現だと思う。深い藍色が広がるその時間は、古来より魔物に出会いやすいと考えられていた(逢魔時)。だけど深い藍色が広がる時間に出逢えるのは、魔物というよりも、霊性だと思う。すっと天上から下りてきてくれた金色の蜘蛛に魔性があるとしたら、それは災いを起こすものではなくて、見えているものに、目に見えないものを結びつける力であり、河原で拾った石に唯一無二の魂を宿す霊性。深い静けさや安らぎは、目に見えない幸福だと思う。

『あなたのすべての幸福は、たとえそれがどんなものであれ、その原因はあなた自身であり、外部の物事ではない』Ramana Maharshi






2014/04/17

月蝕

右手を負傷。その日は月蝕だった。

絵筆を握れないのはつらい。毎日していることが、突然できなくなると、なにをしていいのか、最初はとまどってしまう。ふだん、どれだけ右手(利き腕)に依存していたか、よくわかる。

左手の生活は、細かいことがむずかしい。歯磨きや食事。それでも、しかたがないなと割り切ってしまえば、新鮮で、工夫する楽しさがある。じたばたしても、どうしようもないのだから、憤りや義務感のようなものからは、解放されている。不自由という自由、禅的生活を、獲得しているのだと思う。言い方を変えると、いままでいつも脇役だった、左手の夢を叶えている大切なひととき。左手はさぞかし、嬉しかろうと思う。

右手を怪我したその日、一ヶ所だけどうしても血が止まらない傷があって、縫うほどでもないのだけど、いくら抑えても止まらない。寝るときに布団が汚れるのはいやだなあというのがあって、すぐ近くのわりと大きな病院に行ったら、受付でいま休診時間なんです。と言われて、別の病院を紹介された。止まらないので
血のついたタオルをまいていたけど、こちらの状態を目視確認することもなく、矢継ぎ早に別の病院を紹介されたので、もう、いいや、と思った。腹が立ったというわけではなくて、来るんじゃなかったと自分に後悔した。(天から)自分でなんとかしろ、と言われているのだと思った。

クイックパッドという止血テープを貼って、今はなんとか止まってくれたが、昨日の朝からパンパンに手が腫れてきて、右手が石のように固まったので、もしや、と思って、固まった指の間に、鉛筆をすっと差しこんだら、ぴったりはまる。油絵は無理だけど、手首を曲げないで波のように陰翳をつける素描(スケッチ)なら、鉛筆と手が固定さえされれば、腕の動きだけで絵が描ける。さっそく弥勒菩薩象を写仏した。

すこしの時間でも、仏を描ければ、左手の夢を叶えた一日は、安らかに成仏してくれる。仏さまは生きているのでも、死んでいるのでもなく、永遠かと言われれば、そうでもない。生とも死とも、どちらともつかず、私たちの罪や願いを一心に背負ってくれていて、ただただ其処にある神性であり、証。そのような時空にアクセスするには、ある儀式や整えは必要だと思う。自分にとってはそれは描くこと。祈りのことだと思う。

月蝕の傷は、左手を解放してくれた。

左手のピアニストや左足の画家もいる。たとえどんな過酷な状況においても、人はなにかを言わんと欲する。だから見るものは、試されているのだと思う。そこまでして、表現されていくものと、真摯に向かい合うことによって、世界の見え方や人生だって変わることだってある。


 

追記 2013.4/23
 
右手が使えるようになった。

勝手なもので、回復してしまうと、すこしさみしい。もうすこし左手の自由を楽しみたかった。不自由の自由。自由とは。

夜、眠るとき、肉体が束縛されるからこそ、夢を見る。暗闇は、目を奪うかわりに、耳や肌に創造力を与える。使い慣れたひとつの感覚が束縛されると、別の感覚がその仕事を補うように機能してくれる。不自由の自由は、当たり前だった日常に驚きと新鮮さをもたらしてくれた。

静かな夜の夢が、時空や理解をかるく飛び超えて、あのように自由なのだから、精神が持つ潜在能力とは、もはや人類の手に負えない恐るべき躍動だと思う。それを束縛しなければならないからこそ、肉体があると考えると、異界への扉は、感覚を通して、どこにだって開かれる。即ち、不自由だからこそ、自由がある。

なにもかも奪うような、暗黒の夜空に、美しい月が輝き、いくつもの星たちが瞬いている。それだけで、もののあはれが目前に迫ってくる。わたしたち一人一人は、あのような星のようなものなのかもしれないね、とでも、誰かに言いたくなる。明るくなると、見えなくなる。でも暗くなると、見える。

しばらく座らない間に、カムイがイーゼルの前に、居座るようになってしまった。

昨晩は絨毯をガリガリひっかいて、穴を掘るしぐさをしていた。寝床を確保しようとする動物の本能らしい。時間が止まった絵の前で穴を掘り、眠ろうとする黒い影。この構図は、なにかを暗示しているように思える。いやな感じではなく、とても優しくて、幸せな感じだ。
  
 
 
 
 

2014/04/10

地主神

夜のジョギングのときに、見ていられないポイ捨てゴミは、拾って持って帰る。犬が拾い食いする可能性もあるから。

正直、なんでオレがと思う。捨てたやつが拾えと思う。

だけど、しばらくして、夜更けた暗黒のときに、しんみりと考えさせられる。その静けさのなかに、ふっと土地の神さまを直観する。あ、そばにいるな、と思う。

住ませてもらっているし、描かせてもらっている。


そういう恩義を、風景に対して感じている。だから、なんでオレが、というささぐれだった感情は、自然に、ゆっくりと違う形の、おだやかなものに変容する。そのゆるやかな内なる曲線こそが、土地の霊力であり、神の音ずれなのだと思う。

『内外の風気わずかに発すれば、必ず響くを名づけて声というなり』 空海

『恩寵とは、下降運動の法則である。自分を低くすることは、精神的な重力に反して上っていくことだ。精神的な重力は、わたしたちを高みへとおとす』 Simone Weil




2014/03/31

絵画論

ダヴィンチの絵画論を読む。

ダヴィンチは絵画を技(arte)とは考えておらず、膨大な手記において、絵画はつねに学(scienza)と呼ばれる。絵画学という言葉は頻繁に出てきても、絵画術という言葉は一言も出てこない。絵画は技によって制作されるものではなくて、学び、そのものであると説いている。

『画家は孤独でなければならぬ』

ダヴィンチは人間嫌いだったのかもしれない。自分にもそういうところがあるので、よくわかる。いまより若いころ、人と話していると、自分でももどかしいくらい攻撃的になることがあり、あとで自己嫌悪になり、もう誰も傷つけないようにしたいから、できるだけ人を避けてしまう。人がいないところを探してしまう。

たとえどこまで逃げても、人間は人間であることから逃れられない。獣は自分のなかにいる。草枕ではないけど、どこへ越しても住みにくいと悟(さと)った時、詩が生れて、画(え)が出来る。ダヴィンチがここでいう孤独とは、なにかから逃げるためではなくて、自分へ降りていくことなのだと思う。

『聞くところによると、レオナルドは清貧洗うがごとき日常のなかで、いつも使用人をおき、馬を可愛がって飼育した外に、いろいろな小動物を集めて、それらに並々ならぬ愛情をそそぎ、根気よく世話をした。たまたま小鳥屋の前を通りかかることがあると、彼は請われる代価を支払って、自ら小鳥を籠より出してやり、空中に放ち、彼らの自由を取り戻してやるのであった』
ヴァザーリ「レオナルド伝」

絵画論ではないけど、ダヴィンチの手記で、お気に入りの一文がある。

『人間に忠実なトカゲは、人間が眠っているのをみるとマムシと戦う。もしかなわないとわかれば人間の顔の上にかけあがって目をさまさせ、そのマムシが眠れる人間に害を加えないようにする』
ダヴィンチの手記、文學、動物譚より

きっと上記のこの文に、ぐっとくる人はいないだろうと思う。名言ではないから。誰が書いたかわからなければ「?」で終わって、ちょっと笑ってくれればいい方で、慰めるように狂人の筆を見ただろう。だけど画家はここまで自分に降りていて、そこから真摯に世界を見つめている。そのことを思うと、このようなおとぎ話めいた文のなかにも、涙を誘うような感動はある。

最期まで手元に残していた三枚のうちの一つ「洗礼者ヨハネ」。あの絵の呪力は、縄文土器や不動明王に内包(結界)されているのものと同じだと思う。原画を見たわけではなくても、伝わってくる情報はある。コードのような謎解きではなくて、その本質を見つめれば、西洋と東洋すら統一させる自由がある。

『手に触れた水は最後に過ぎ去ったもので、これからやってくる最初のものである。現在という時も、同じようなものである』Leonardo da vinch

『行く川の流れは絶へずして、しかも、元の水にあらず』鴨長明

ダヴィンチは謎が多い。あの有名な自画像の肖像画も、本人ではない可能性が高いという。自分も、たんなる自画像ではないと思う。だけど内面的な奥深さが表現されて、知られているレオナルド像と一致しているので、レオナルドと言われれば、あの顔が浮かんでしまう。いったん刷り込まれると、それを解除するのは難しい。洗脳の恐ろしさを、我が身に染みて感じる。

だけどダヴィンチの手記を注意深く読みこんでいると、そういう擦り込み(洗脳)から、解除されるときがある。レオナルドの顔とは、ほんとうはどういうものだったかと、憧れをもって夢想しているときの人の顔(自分の顔)そのものが、即ち彼の魂との同期。彼の顔なのだと直感する。すぐそばにいるということ。

いつも今ここにある(虚空)ように、彼の存在は大いなる存在によって、あらかじめ設定されている。空海もそう。だから謎めいているのだと思う。自分を捨てて、神秘の世界に辿り着いたものは、予言者としての秘密を帯びてしまう。結界と呼んでもいいと思う。その世界と、約束ができてしまう。

このことをどう考えるかだと思う。本人もこんな言葉を残している

『読者よ、もしも、私に感心をもつなら私のノートを読みたまえ』

画家を興味や好奇心で見るのではなく、その絵画を心眼で見る。洗礼者ヨハネの指を見るのではなくて、指が指し示している方向に、なにがあるのかを、自分で確かめようと心する。換言すれば、自分に降りていく。画家が残してくれたものは、そのための灯りであり、ギフト(地図)なのだから。

『画家の心は鏡に似ることを願わねばならぬ』Leonardo da vinch

感謝と自戒をこめて。


2014/03/24

桜色


善通寺に。
 
涅槃桜に心を奪われた。帰宅後、しばらくしてからふと、こんなことを思った。

自分なんてちっぽけで、頭が悪くて、不器用で、平凡で、なんの取り柄もなくて、なんの役にも立たなくて、地球は私なんて関係なく回っていて、私がいてもいなくても、世の中にはなにも関係がないし、生きている価値なんてない。そんなふうに後ろ向きな人ほど、きっと、桜色のエネルギーを持っているのだろうなと、直感した。

他人の目を気にするよりも、自分の目を気にする方が、ほんとうは難しい。
 
後ろ向きに考えられるということは、裏を返せば、内なる目の存在証明。他人よりも、自分の評価を気にする目(芽)を持ち、浅い感傷心や、自己嫌悪、焦燥感を乗り越えて、自分を克服さえすれば、その枝からは、桜色が染まるんだろうな。

涅槃桜は、大師堂の裏で、人目を避けるように早咲きしていた。
 



2014/03/16

月と六ペンス


モームの月と六ペンスを読む。

40才で株式仲買人から画業に専心した、ゴーギャンにインスパイヤされて創作された小説。心が渇いていたのか、水を飲むように読みやすかった。世俗的な成功や常識に捕らわれない鬼火。火宅の人。

芸術における魔性のこと。ただ、泣く女を描いたピカソよりも、妻のカミーユを亡くしてから、人物画を描かなくなった(描けなくなった)モネの方が、僕は美しいと思う。実際、二人の原画を見たことがあるけど、心を動かされたのはモネ。絵は正直だと思う。

大雨に散る梅の花を見つめていると、見ているモノと見られているモノの真空に、なんとも言えない妖しみや直観が落ちている。もののあはれ。そういうものを静かにすくいとって、別の空間に再現してくれるのが、芸術だと思う。だからこそ、真意に届かぬという憂いに、作り手は苛まれる。

『この世界でもっとも貴重な美というものが、まるで浜辺の石ころみたいに、ぼんやりと通りがかった人が、遊び半分に拾えるようにころがっているなどと、きみはどうして考えるのだろうか。美はすばらしいもの、ふしぎなもので、芸術家が、魂の苦悶のうちに世界の混沌から作り出してくるものなのだ。
そして、それが創り出されても、すべての人間にそれがわかるということにはならないのだ。それを認識するには、その芸術家の冒険をくりかえさなければならない。それは、芸術家が歌ってくれるひとつの旋律であって、それをふたたび自分の心の中で聞くには、こちらにも知識と感性と想像力とが必要になってくるのだ』月と六ペンス

『私は見るために、目を閉じる』ポール・ゴーギャン
"I shut my eyes in order to see." Paul Gauguin

ゴーギャンの大作「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」。図録からでも漂ってくるこの絵の不思議は、なんだろうなと思う。記憶というのか、夢というのか。曼荼羅のような、楽園への誘いがある。

西洋文明に絶望したゴーギャンは旅にでるが、追い求めた楽園はどこにもなく、その憤りこそが絵画へのモチベーションだった。画家はこの絵を一ヶ月で一気呵成に描きあげたあと、砒素による自死に失敗してしまう。大作に描かれたのは、彼の目には見えていた楽園の権現であり、冥界なのだと思う。ゴッホやゴーギャンの絵には熱がある。見ていると、ちょっとけだるい感じになる。いやな感じではなくて、お酒を飲んだような、知恵熱で、頭がぼおっとしているような、それでいて気持ちのよい酩酊があり、その浮遊感が、描かれた風景に、そのままずっと続いていくような永遠と安らぎを与えている。

楽園はどこにあるのだろうか。

そのような哲学的な問いに対して、ゴーギャンは人生を賭して答えた。見るために目を閉じる。それは現実にはないから、目をふさいで白昼夢を見ることではなくて、いまここにある現実を、背後に潜んでいるものをあらわにするまなざしを持って貫き、見通すことだと思う。
 




 

2014/02/23

語り部

樹齢50年くらいの杉やヒノキを倒している。樹が倒れるときは、敬虔な気持ちになり、自然に手を合わせてしまう。一方で、倒れるときの音や、森の響きが、ものすごく気持ちいい。揺るぎない快感がある。

樹は話すことができない。

だからこちらの心で、感じとるしかない。最後の樹の声は、聞こえるというよりも、透明な風(エネルギー)が、一気に肉体を突き抜けていくという感じだ。森が裂けて、その裂け目から、透明なエネルギーが放出する。記憶だと思う。倒れるそのときに、自分は樹の記憶を全身に浴びている。

薪の確保のために山にはいるのだけど、たぶん理由は後付け。とにかく山にはいりたいから、無理矢理に現実的なことをすり合わせて、呼ばれた自分に理由づけをしているだけだと思っている。もしも薪が確保できていても、きっと違う理由を探しただろう。

スギとヒノキの人工林でも、自分より長い年月を生きているので、語り部としての存在感と、自分の時間軸をねじらせる磁場はある。山は外から見れば整然としていても、何十年も人の手がはいらなければ、無視されていた樹下世界は混沌とする。人を寄せ付けず、破綻して、自由に、暴力的。それなのに、なにもかも包みこむようなおおらかさや優しさがある。お隣の樋口のじいちゃんから、好きにしていいと言うことでお借りしているこの山の樹を、もう何本も倒している。陽あたりを考えて間伐しているつもりなので、罪悪感はないのだけど、いつも樹の声は感じていた。

数日前、樹が倒れる瞬間に『倒してくれて、ありがとう』と言っているような気がした。自分の手で生を閉じた罪と、思ってもみなかった感謝の声がないまぜになって、中和されて居場所を失ったような、不思議な気持ちになった。この樹が植えられたときの、戦後まもないころの日本の植林ブームの時空に、現在の魂が一瞬触れて、樹の時間(記憶)を一気に追体験したのだと思う。そんな気がしただけで、証明することはできないのだけど、現場でなんらかのエネルギーの交流があり、密約されて、自分という存在に憑依して言語化したのだから、それはまさに、語り部の声だと思う。
                             ★

今日は天気がよくて、オオイヌノフグリが咲いていた。川辺にはネコヤナギが、かわいらしげにふくらんでいた。大日如来。太陽はすごいなと感心した。植物は人間ではなく、天の気に応じている。それでいて、わたしたちに希望や潤い、やすらかさを与えてくれている。そのようなおおらかな無限の回路にむかって、知覚の扉を開いたときに、人間は語り部(話す人)に出逢えるのかもしれない。

《大切なことは、焦らず、起こるべきことが起こるにまかせることだよ》と彼は言った。《もし人間が苛々せずに、静かに生きていたら、瞑想し、考える余裕ができる》そうすれば、人間は運命と出逢うだろう。
(バルガス・リョサ「密林の語り部」より)


2014/02/08

沈黙


 
高野山には圧倒的な沈黙がある。その沈黙の力が、即ち祈り。1200年の結界なのだと思う。




『語り得ぬものについては、沈黙せざるをえない』 ウィトゲンシュタイン




2014/02/02

川の音が特別に聞こえる場所を知っている。ときどきそこに行って、川の音を聴く。その地点では、川の音の波動力がとても強く、全方向から聞こえてきて、超立体的。はじめてここに立ったときは、いい場所を見つけたなと、感動した。なんでもない茶畑の奥なのだけど、自分にとっては天空の音楽堂であり、超自然を感じいるために用意された瞑想空間だ。川はつねに音を発していて、やむことがない。慣れてくると、川の音が聞こえているだけで、ああ、川があるな、という、なにもののおわします存在に、包まれるような安心と畏れを、立体的に身にまとうことができる。その安心が、静寂にシフトする瞬間というものがある。轟音なのに、うるさくない。泥の河なのに、透明になってしまう。音が音として自分に、同期(リンク)する。自分が自然だからこそ、リンクしてしまう現象なのだと思う。川の轟きが大きいほど、静けさ(クレパス)は深くなる。意識が音に入っていくような洞窟の気配、なにものかに向かって、解けて(ほどけて)いくようなメタモルフォーゼ。川の持つ、まるで金太郎飴のような、やむことがなく、誰にでも開かれている永続性は、時間感覚を相殺してくれる真空であり、永遠回帰の扉なのだと思う。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。「方丈記」

時間感覚を失いつつあるとき、その音を軸として、川が自分に向かってくるのか、自分が川に向かっているのか、よくわからなくなる。川は花とはちがって、見つめていても、見つめられているという気はしない。目に見えて動き、流れているからだと思う。植物も生きて動いている。だけども人間の目では追えないほど、ゆったりとした速度だ。

川のなかに、ひとひらの椿や桜の花びらが、流れていたらどうだろう。そこになにを、想うだろうか。浅い感傷心ではなくて、永遠に見つめられたまま、それでいて流されていくという哀しみと、勇気や底力がそこにある。川はその永続性をもって、人間の力では知ることはできないなにかを伝達しているのだと思う。