2011/07/02

写楽の猫

眉山の東、東光寺というお寺に東洲斎写楽の墓がある。ギリシャで肉筆画が見つかって研究が進んだことから、ほぼ阿波徳島藩の能役者である「斎藤十郎兵衛」が写楽の正体と確定して、この墓が写楽であることは証明されたのだけど、ずいぶん前から僕はこの墓が本物かどうかには興味がなく、関心はもっぱら写楽の墓に住む、人なつっこくて目つきの悪い三毛猫の方に集中していた。

世に出た写楽は姿を消したが、彼はただ斉藤十郎兵衛に戻っただけで、斉藤十郎兵衛が残した写楽という魔法は、見上げれば手に届きそうな距離で、今もなお星のように輝いている。十郎兵衛は本当に幸せな人生を送ったのだなあ。人目を気にせず、すやすやと眠る写楽の化身を見ていると、そう思わずにはいられなくなる。


追記

2011年11月20日、いくら探しても、写楽の猫はいなかった。住まいにしていた小屋もなく、お寺の隅に手作りのお墓があった。大きめの阿波青石をぽんと置き、そのまわりにぐるりと小さな石を並べて苗を植えただけの、素朴で可愛いお墓だった。墓石にはなにも書かれていなかったし、住職に聞いたわけではないのだけど、この石の下に写楽の猫がいることはすぐにわかった。もし僕が飼い主だったら、これとまったく同じような墓を作ったことだろう。

どうしてもお墓の写真を撮りたくて、我慢できなくなったので、一枚だけ撮らせてもらった。あとで見たら、写真の右上に、大きなぼんやりとした影が映りこんでいた。僕はこの影を、三毛のものだと直観した。最後の挨拶に、降りてきてくれたのだ。この世に姿を見せることができないから、こっそり木陰でも利用したのだろう。本当に嬉しかった。

近くにあるなじみの画材屋さんに行ったときは、必ず東光寺に足を伸ばした。はじめて逢ったのは、真夏のひどく暑い日だったと記憶している。二年前か三年前、そんなもんだったと思う。写楽の前で手を合わせていると、とぼとぼと足元にすり寄ってきた。片眼が半分つぶれて、ひどく目つきの悪い猫だなあと思ったが、とても人なつっこく、離れても離れても、とぼとぼついてきて甘えてくる。年のせいか、歩くのがしんどそうだったので、何度も何度もなでてやって、これでおしまいさようならと手を振ったものだ。

今年の夏は日陰で休んでいた。僕に気がつくとすり寄って出てきたが、墓前の水を頻繁に飲み、直射日光が痛そうに思えた。長生きしろよと思ったが、初秋にもう一度逢って、それっきり先に逝ってしまった。



                            再追記

2013年1月18日、図書館に行ったついでに隣接している王子神社へ。ここは「猫神さん」の愛称で親しまれているところで、実際に人なつっこい黒猫がいる。その子を触って遊んでいたら、後ろの藪(やぶ)のなかからミャーミャーと鳴き声が。声は聞こえど姿はあらず。よくよく探したら、目に傷を負った子猫が隠れていた。寄ってはこないのだけど、こちらに向かって、なんどもなんども鳴いている。この子は写楽の猫の生まれ変わりだと確信した。魂にこんにちは。また逢えてうれしい。



                           再々追記

2015年9月5日、最近よく三毛猫を見かける。もしかしたらずっとそばにいたのに、気づかなかっただけなのかもしれない。警戒心は強くて、近づくと離れていく。目つきが悪くて、そこがまたかわいい。あれは三代目、写楽の猫の生まれ変わりだろうと思う。根拠はなくても信じられる自由がある限り、たとえ肉体は消滅しても、永遠の命は続いていく。







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