2019/06/16

生命の誕生

カタカムナウタヒ第5首

ヒフミヨイ 
マワリテメクル 
ムナヤコト 
アウノスヘシ
カタチサキ


預言めいた7首の造化三神を描いたあと、5首6首も描かなければいけないという強い想いだけで、第5首を描き進めていた。ほとんど仕上がったので、窓の外で画面にスプレーの定着液をかけて、乾かして放置していたら、ナメクジが画面の右上から降りてきて、十の真ん中を通り、「ア(感じる・生命)」の文字の上に張り付いてた。しかもちゃんと図形どおりに曲がろうとしている。


数日後、発注していたカタカムナ研究家の吉野信子さんの本が届いたので、さっそく読んでいたら、第5首が表している内容は、地球が誕生してから次元上昇し、最初の命が生まれるまでの「生み(産み)の実態」だとわかった。まだ唄の意味を理解していない段階で、銀河と銀河が衝突して、これから渦が生まれる(産まれる)場面を先に描いていたので、不思議な気持ちになった。時(霊感)は過去から未来ではなく、未来から過去へと流れていると直感した。


『カタカムナ 言霊の超法則』によると、第5、6首は繋がっていて、まだ描いていない第6首は「人間の誕生」を表すらしい。するとあのナメクジが「ア(感じる・生命)」の文字の上に張り付いてた理由もよくわかる。虫から人間へ、生命を繋ぎに来ていたのだ。

吉野さん本人にこのことを伝えたところ、

『ナメクジとは、ナとメに引き寄る示し、という意味で、カタカムナの中心、つまり中に入ろうとするエネルギーを持っています。だからアから十のトのところにいるときに気づいたということは、カタカムナのメッセージです。カタカムナの中心は、ナとメが組み合わさってヤタノ鏡となっています。中にあるのは数字の九、まさにナメクジですね。感じているものが、現象化しているのでしょう』

と教えていただいた。

想いが現象化する、という言葉はよく聞くけど、人間の私利私欲だけが現象化するなら、この世界はとっくに壊れていただろう。想いとは、自我を超えた世界から、テレパシーで伝えられる宇宙の恋文。そのメッセージを真摯に受けとめて、自分の頭で理解し、考え抜き、現そうと試みる心の動きの中に、震源がある。

『その通りだと思います。長い目で見れば、人間の集合意識通りに動いていきます。でも集合意識は私達が作り出しているのですから、変えられます。皆んなの思いを大調和の渦にしたいと思っています』






2019/06/08

造化三神

『造化三神(ぞうかさんしん』とは、 古事記に記された最初に出現した神。アメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カミムスヒの三神は、造化三神と呼ばれ(造化は創造の意)、天地を造り成した神とされている。80首からなるカタカムナの唄のなかで、第7首にはこの造化の三神が出てくる。

マカタマノ
アマノミナカヌシ
タカムスヒ
カムミムスヒ
ミスマルノタマ

金鳥山(カタカムナの森)のヤマモモの木を描いたあと、なにか足りないような気がして、何日も絵を見つめ続けていた。当初は光の玉のようなものを全体に描いていた。いま思うと、あれは木漏れ陽というより、ミスマルノタマ(高次元に繋がるときに現れる不思議な球体)だったのだろうと思う。


このままでもよかったのだけど、ストンと絵の底が抜けて、地下に暗黒が現れた。こうなると絵は描き手を置いて、独り歩きしてしまう。ヤマモモは門番のように此方と彼方の狭間に立ち、暗黒ではふたつの銀河が渦巻いた。



ここではじめてカタカムナの記号が頭に浮かんだ。唄の意味も知らずに、検索して拾った画像を参考にして、三神目の渦を描いている。それが第7首、造化の三神の唄だった。


唄の内容も造化三神も、すべて後から教えてもらったことだ。絵はたしかに本人が描いているのだけど、同時に描かされている。ヤマモモの木は直感の回路を通して、見えない世界の質感を伝えようとしている。

古事記もカタカムナ文明も詳しくはないけど、あの場所で感じた不思議な力のことだけはわかる。それは知識ではなく実感、頭だけではなく全身で感じたこと。そのリアリティが回路を繋ぎ、創造力に働きかけて予感を与える。スパイラルを描いた霊感が、実在するこの世界にシンクロニシティの火花を散らす。





虹雲とカモシカ



 
 

帰宅途中に虹雲を見た。そのあと自宅の前になにやら動物の影が。近づいてよく見たら、ニホンカモシカだった。シカはよくいるけど、この山里でカモシカを見たのは初めて。しかも家の前なんて。きっとなにかを伝えに来たのだろう。写真は数年前、剣山のカモシカ。


神の使いと言われている動物に、稲荷の狐、八幡の鳩、日吉の猿、春日の鹿、熊野の烏、白い蛇、などがいるが、それだけに限らず、他の動物にも、小さな虫たちにも、それ(it)がある。神さまは直接話せないので、動物や虫にメッセージを乗せることがある。そのメッセージを受け取れるようになってくると、前兆や予感にも気づくようになってくる。動物や虫はただ一生懸命に生きているだけなのに、そのタイミングや振る舞いが、無意識に訴えかけてくる。その背後にある、大いなる意志のようなものを感受する能力が、人間のDNAには組み込まれてる。

剣山

剣山に。この山は登るたびに印象を変える。山は変わらないけど、たえず自分が変わっているから、その変化を確かめるためにも、定期的にここに来る。

形を変えながら、ゆっくりと空を泳ぐ雲たち。なにか意思を持って、こちらに語りかけているような気がする。そういえばはじめてこの山に泊まった日の朝、一筋の細長い雲が霧の中から現れて、まっすぐに天に登っていった。
 
頂上から下山中に、鶴岩と亀岩で大学生くらいの団体に出くわした。すぐに通り過ぎて遠くから振り向いたら、岩の上に登ってはしゃいでいた。よくまあ磐座に登れるなあと思う。よほど無神経なのだろう。鶴岩も亀岩も、完全に彼らを無視して、ただの剥き出しの岩になっていた。
 
 
頂上に辿り着くこと、有名な場所に行って写真撮って自慢すること、人間の力で山を制覇することを目的にしている人たちに、御神体はなにも語らない。自分を主体にして自然を利用している人にとって、磐座はただの剥き出しの岩。神気を閉ざし、彼らを完全に無視する。呼ばれた気がして、ただ山に登らせてもらっているとき、自然は語りかけてくる。それは自分との対話のなかに、啓示のような形で現れる。ほんとうに大切な人をガイドするとき以外、山はいつも一人で登るようにしている。自分との対話ができない人たちに、山の神はなにも伝えてこない。
 
主体を自分から自然に移して、内なる宇宙に耳をすませていると、タイミングを利用して、現実に徴(しるし)が現れる。それは常識の壁を越えた、精神のエネルギーの働き。その精神の力が、剥き出しの岩に神気を呼びこむ。
 
 
 
 
 
 
 

魔王殿

京都の室礼展の搬出に合わせて、鞍馬寺に。本殿から山に向かってカメラを合わせていたら、奥にあった小さな雲が、形を変えて膨らみながら、すうっと星曼荼羅の真上に来た。ほんとうに雲なのだろうか。

奥の院へと続く山道に、蛇が現れた。太陽の光を浴びて、金色に輝いて見える。神さまの使徒だろう。地主神が喜んで迎えてくれているときは、こういう徴(しるし)が頻繁に現れる。


そして魔王殿に。ここに金星から護法魔王尊が降りたったと伝えられている。空海の御廟に雰囲気が似ているけど、人(魂)の気配はなく、空(宇宙)との繋がりを強く感じる不思議な場所。呼ばれるように魔王殿に近づいたら、なにか見えないエネルギーのような、奇妙な風が吹いてきた。


その風に身を委ねていたら、魔王殿のなかに、あるものを見つけた。数日前からの奇妙なシンクロが、ぜんぶ繋がった。魔王は、この秘密を見せるために、自分をここに導いた。それがわかって、とても嬉しかった。結界がかかっているらしく、写真も撮れないので、具体的な内容を伝えることはできない。でもあのときの感動は、伝わる人には、伝わっているだろう。秘密はその人それぞれの体験や経験によって、徐々に開示されていく魂のコード。きっかけを与えることはできても、本人にしか暗号は解けない。

それから貴船神社の奥宮へ。道中には神気を帯びた美しく大きな木が何本もあり、鞍馬から貴船にかけてが聖域だとすぐにわかる。ほどほどに人を寄せ付けないところがあって、禍々しさと神々しさが同居している。


翌日は神戸、カタカムナの森に再訪。徴(しるし)がたくさん出ていて、精霊たちが迎えて入れてくれた。ここに来たのは3回目だけど、それまでは辿りつけなかった聖域まで精霊が案内してくれた。ほんとの聖域に入ると、感じているものと映るものの乖離が大きすぎて、写真ってほとんど撮れなくなる。ほんとうに大切なものって、目には見えない。

大樹には膨大な宇宙のデータが蓄積されていて、天と地を繋ぐアンテナのような役割を担っている。時間は未来から過去へ流れて、真の叡智を伝えるために、精霊が人を導く。距離や時間、自分が生きている時間さえ超えて、どこまでも遠くへ、魂は繋がっていく。




常識の壁

常識の壁を作ってしまうと、神通力は使えなくなるし、シンクロニシティも起こらなくなる。誰かを傷つけるのを恐れたり、自分が傷つくのを避けているうちに、壁は高くなり、感じていたはずのトキメキは萎んでいく。そうなると、いままで知らなかったワクワクするような新しい世界への扉は、閉ざされる。

トキメキって、人であれ物であれ樹木であれ、その相手(対象)のことを好きになり、惚れたときに起こるもの。芸術は恋愛と言われるのもそのせいで、トキメキはシーンと静まっていた心の底の泉に、どこからか一滴の水が落ちてくるようなもの。その波紋は自分を超えた、見えない世界にも影響を与えている。

回路が繋がると、相手が感じていることが、距離を超えて伝わってくる。苦しみも喜びも波動だから。ただ相手を思いやることで、その波を鎮めることができる。純粋に、幸せになってほしいと本気で思っていると、その想いは相手の心に影響を与える。壁さえなければ。