2012/04/07

共命鳥(ぐみょうちょう)

今日は朝から土をいじりながら鳥の声を聞いていた。西の梅の木からはウグイス、東の電線からは別の鳥の声がして、一方が鳴くと、一方が返し、また一方が鳴くと、一方が返す。そんなことを繰り返していた。それは美しい音色で、仲が良さそうな会話、美しき自然の戯れのようで微笑ましかったのだけど、それは安全圏にいる人間の耳にはそう聞こえるということであり、じつのところは木の実を奪い合う縄張り争いだと思う。しかしなぜそのような音が、わたしたちの耳には美しく、完璧なまでに調和した音楽に聞こえるのだろうか。もしかしたら人間同士の様々な苦難や喜びの声も、人知を超えた世界からは、地球交響曲のように聞こえているのだろうか。

そんなことを考えていると、ふと、共命鳥(ぐみょうちょう)のことを思い出した。共命鳥とはシルクロードに伝わる伝説の鳥で、体が一つなのに、頭が二つある。一方の頭は昼に起き、一方は夜に起きる。互いにいがみ合っていて、やがて一方が他方に毒を飲ませ、共に死んでしまう。 そういうもの哀しい鳥で、逃れられない人間の性というのか、生まれながらに、そもそもの人間の抱えている業(ごう)、その矛盾と葛藤をこの鳥は象徴している。

普段はテレビを見ないのだけど、ネットをするのでそれなりのニュースは入ってくる。そのときの心持ちが、この共命鳥に似ている。なにか声を大にして叫びたい気持ちと同時に、その声が、もう一方の自分に毒を盛る行為に通じているのではないかという、不安が横切る。行き場を失ったエネルギーは、二つの頭を納得させる答えを探してさんざん彷徨ったあげく、力尽きて野に落ちる。

この共命鳥の生みの親は、鳩摩羅什(くまらじゅう、कुमारजीव)という中国六朝時代の訳経僧で、数奇な運命に翻弄されながらも、広く、わかりやすく、大衆に仏典の内容を広めようと、その生を捧げた。

有名な「色即是空空即是色」「極楽」という言葉も、彼が生み出した。西遊記で有名な玄奘三蔵法師の名は広く世に知られていても、鳩摩羅什の手による「法華経」「阿弥陀経」「般若経」 「唯摩経」「大乗論」などの訳経がなければ、今の聖徳太子の「三経義疏」も「十七条憲法」も存在しなかったわけで、天台、禅、日蓮、浄土諸宗の今日的な繁栄もなかった。また「煩悩即菩提」「悪人救済」の思想や、 共命鳥などは、鳩摩羅什、その人の人生経験の中からうまれたものであり、彼は単なる仏教経典の翻訳家にとどまらず、偉大なる思想家、哲学者であったのだ。
(参考)鳩摩羅什三蔵法師の生涯http://www.tibs.jp/lectures/ohora/ohora04.html

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共命鳥の話には続きがあって、極楽に住む他の鳥たちは、この忌まわしい事件の教訓を生かし、それからは「他を滅ぼす道は己を滅ぼす道、他を生かす道こそ己の生かされる道」と鳴き続けているという。





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